“彼”は、人なのかもしれない。
あるいは、悪霊かもしれない。
そして、本当に神なのかもしれない。

シュンはずっと迷い続けていたが、シュンが彼に抱きしめられていることを心地良いと感じるようになってきているのは事実だった。
シュンをそんな気持ちにさせたのは、自分がヒョウガにとって無用のものだと思わざるを得ない諦観だったかもしれないが、シュンが彼を優しいものだと信じることができるようになっていたのは、紛う方なき現実だった。

そして、シュンは、この姿の見えない存在を、神にするのも悪霊にするのも、人間の──自分の──心ひとつのような気になってきてもいたのである。


「疑うことは罪ですか? あなたは本当に神様? 人でないもの?」

彼の腕の中で、シュンは尋ねた。
“神”からの答えはない。
だが、シュンは、“神”とはそういうものなのではないかと思い始めていた。
答えを与えるのは、彼の仕事ではない。
それを見付けるのは、人が自分でしなければならないことなのだ。

「神様でも悪霊でもいいんです。お優しいことだけはわかります」

そして、それだけではなく──彼が優しいということだけではなく、別のことも――今のシュンにはわかるようになってきていた。
自分を抱きしめる彼の腕や唇が、温かく安らげるだけのものではないこと。
彼が穏やかさを装っているのは、彼がシュンを思い遣ってくれているからなのだということ。

「僕……もう恐くないんです。恐くなくなりました。僕は──」
彼の腕と胸は、あの最初の夜のような情熱の発露をシュンに求めて熱いのだ。
「僕は──こんなふうに抱きしめてくれる腕が、とても欲しかったんです」

答えを返してくれない“神”に、まるで懺悔するように、シュンは言い募った。
「ヒョウガが王様に選ばれた時──ヒョウガって、こうと決めたら周りが見えなくなるみたいなところがあって、性急で尖鋭的なところがあって、だから、僕は、僕がヒョウガの側にいて、周囲の人たちとの緩衝になってあげなくちゃならないって思ったんです。でないと、ヒョウガの周りは敵だらけになって、ヒョウガが孤立しちゃう。ヒョウガは、まだるっこしいことが嫌いだから……」

だが――
「でも、そんなのは僕だけの一人合点で、僕だけの空回りで、ヒョウガには僕なんかいらなかったみたい」
事実、彼は、シュンの身に起きたことを知っても、シュンの許に駆けつけてきてはくれなかった。

「僕も……ヒョウガを心配してるつもりになってたけど、ほんとは自分が誰かに必要とされてるんだって思っていたかっただけなのかもしれない」
彼には、彼の王国を造ることの方がはるかに重要な問題で、そして、彼は、それを成し遂げるために、他の誰の力も必要としてはいないのだ。

「でも、もういいんです。ヒョウガには、もう僕はいらないの……」
自分に言い聞かせるために口にした言葉が、シュンに涙を零させる。

“神”は、そんなシュンの肩と身体を、自分の腕と胸の中に閉じ込めた。

唇を重ねられる。
それは、昨夜までのように、触れるだけのものではなく、シュンの舌に絡み、やがてシュンの内部をまさぐり始めた。

シュンは、自分の身体に加わる彼の身体の重みが、いっそ卑小な今の自分を押し潰し、消し去ってくれればいいと思った。
神とは、我が身を無力と思うしかない人間にとっての、最後の救済なのかもしれない――と。


シュンの中から、“神ではないかもしれないもの”を恐れる気持ちは、既に消えていた。






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