「ヒョウガは大丈夫ですよね……? ヒョウガは、きっと無事に帰ってきますよね?」

“彼”の気配を身近に感じるなり、シュンは彼にすがりついていった。

ヒョウガなら、戦の経験など無くても、鮮やかに勝利を収めて帰還するに違いない。
そう思おうとする側から、新しい不安が、シュンの胸に生まれてくる。

“神”に抱きしめてもらえば、その不安は薄らぐかと思っていたのに、彼の胸の中で、シュンの不安はいや増しに増していくばかりだった。
自分を抱きしめてくれる優しく力強い腕がいつも側にあることに慣れて、シュンは以前よりも心弱くなってしまったのかもしれなかった。

「ナブ神様、もしそのお力があるのなら、どうかヒョウガを守ってやってください。ヒョウガは普段は冷静なくせに、時々無茶をすることがあって、だから、ヒョウガは──」

闇の中で必死に言い募るシュンの唇に、“神”の指がそっと押し当てられる。
それで、シュンは、自分を『いらない』と思っているのであろう人を、それでも思い切れずにいる自分自身に気付いたのだった。

「……僕が心配したって、何にもならないことはわかってます。でも」

見放されたから、自分も見放す。
嫌われたから、自分も嫌う。
そんなことが容易にできるのなら、愛されないことに苦しむ人間など、この世界には一人も存在しなくなるに違いない。
そんなものではないのだ、人の心というものは。

「ヒョウガを守ってください」

だから、シュンは、“神”に懇願した。
“神”が、気を悪くした様子もなく、いつものように優しく、シュンに口付けてくる。

これまで、シュンは、彼に身を任せることを、神との契約だと思ったことは一度もなかった。
むしろ、シュンの寂しさを紛らし慰めてくれるのは、彼の方だった。

だが──。
シュンは、その夜初めて、そうすることを、“代償”だと思って──ヒョウガの身を守ってもらうための代償なのだと思って──彼に身を任せた。






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