ヒョウガは、政務の合間に時間を作っては、シュンの許を訪ねるようになっていった。
彼にそうさせたものは、不幸な従弟を哀れむ心と、もう一つ。
自分の意思も意向も無視されるだけの、空しい外交政治の場から逃れたいという気持ちだったかもしれない。

ドイツ連邦では、日ごとに、国家統一の気運が高まっていた。
それは、ヒョウガには逆らい難い奔流だった。

ヒョウガの治めるバーデン大公国以下、ドイツ連邦に属する各国が、今、一つの帝国になろうとしている。
ドイツ帝国が実現すれば、バーデンは主権を持つ一国家ではなく、ドイツ帝国の一つの州になりさがるのだ。

提唱国は強大な軍事力を持つプロイセン。
バーデンのような小国には逆らいようもなく、そうなれば、事実上、バーデンはプロイセンに吸収合併されることになる。

ヒョウガは、これまで、自国の民の事だけを考えてきた。
そして、実際、国は豊かだった。
ヒョウガは、ヒョウガの母に一国の王となるべく育てられてきた。
ヒョウガ自身もそう信じ、王でない自分のり方など、考えたこともなかった。

ヒョウガにとって、自分が王でなくなるということは、ヒョウガという人間の存在意義を否定されるのと同義だったのである。
国の王でなくなったら、自分が何ものになるのか――ヒョウガにはそれがわからなかった。

だが、時代の趨勢すうせいには逆らえない――。

今のヒョウガには、希望というものがなかった。

無論、退位したからといって、食うに困る生活を強いられるわけではない。
王宮に住むことができなくなっても、別荘や離宮はいくらでもあり、それは、国のものではなく、ヒョウガ個人の所有に帰していた。
シュンが暮らしているこの館も、法的には、王のものではなくヒョウガのものである。

食うに困ることになるのなら、まだましだったかもしれない――と、ヒョウガは思わないでもなかった。
もしそうであれば、自分は、明日の命を永らえるため、一切れのパンを手に入れるため、必死に生きればいい。
生活や経済の面で切羽詰まっていないことが、ヒョウガに漠然とした不安をもたらしていた。
それは、自身の存在意義への飢え――とでも言うようなものだったかもしれない。


目的がなくても生きていられる。
それは、なんという空しさだろう。
希望がなくても生き延びられる。
それは、なんという恐怖だろうか――。






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