瞬は、俺の手を引いて、島の奥へと俺を案内してくれた。
森は、緑が豊かで 果樹がかなり多かった。
だからこそ、瞬の父親は、この島をついの住みかとして選んだのだろう。

やがて、ひときわ大きな木が俺の視界に飛び込んでくる。
その木の下には、やわらかい草が敷き詰められていた。
どうやらそこが、瞬の寝室兼リビングらしい。
そして、たった今、客間も兼ねることになった。

瞬の父親は、家を作らなかったのだろうか――? と訝る俺を、瞬は、彼の客間に座らせた。

瞬は、警戒心というものを全く持ち合わせていないように見えた。
赤の他人にここまで警戒心がなくて大丈夫なのかと思いつつ、俺は悪い気はしていなかった。
考えてみれば、この島では警戒心などというものを抱く必要がない。
瞬に危害を加えようとする者も、瞬に害意を抱いて近付く者も、この島には存在しないのだから。

瞬に促されるまま、俺がその場に胡坐あぐらをかくと、瞬はにっこりと笑った。
俺は、子供のままごとに付き合わされている、いい歳をした大人――という役どころだったかもしれない。

「ここ、いて」
瞬が、ふいにそう言って、俺をその場に残し、どこへともなく姿を消す。
ままごとの道具でも探しに行ったのかと考えて、俺はしばらくその場で瞬の帰りを待っていた。
――のだが。
瞬はなかなか戻ってこなかった。

瞬がいなくなると――ひとりきりで森の中にいると――時折聞こえてくる鳥の声さえ不気味に響いてくるから不思議である。
そして、それは、俺を不安な気分にさせた。

瞬がこの島にひとりきりで暮らしているというのは、俺の勝手な思い込みである。
もしや、瞬は、見知らぬよそ者を捕らえるために仲間を呼びに行ったのではないか――などということを、俺は考え始めていた。
いつも大勢の人間の中で生きてきた俺には、人の気配が全く感じられない場所にひとりでいる数10分が、ひどく不安で不穏なものに感じられたんだ。

俺が、まさかと思いつつ、銃を手にして立ち上がりかけた時――瞬が戻ってきた。
両手にたくさんの果実を抱えて。
その種類と数から察するに、あちこちを走り回り、相当の手間をかけて集めてきてくれたものらしい。
彼の家への、初めての客をもてなすために。

「ど、ぞ。めしあがれ」
「…………」

瞬のその上気した頬を見た途端、俺は自己嫌悪に陥った。
疑うことを知らない子供に、人を騙すことができるはずがない。
瞬は無垢で、無邪気で、善良で――他人への悪意というものを知らない人間なのだ。
俺の価値観で判断することはできない。

俺は、そして、ふと不安を覚えたのである。
俺のように、人の厚意を素直に受け取ることのできない人間がひしめきあっている世界に瞬を連れていくことは、瞬を傷付けることになるだけなのではないだろうか――と。

それにしても、目のやり場に困る――。






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