Phoebus 〜光り輝く者〜






「あれ以来、妹のヒステリーが尋常でなくて、困っているんだ」

彼の言う妹というのは、トンボ話で、氷河をトンボにしてくれた、狩猟と純潔、そして月の女神でもあるアルテミス──のことである。

そのアルテミスを妹と言っているのは、当然のことながら彼女の兄。
音楽の神、予言の神、一般的には太陽神として知られるアポロンだった。
ギリシャ世界における理想の青年美の具現という肩書き持ちの神である。

ちなみに、彼が音楽の神と言われるようになったのは、牛と引き替えに伝令神ヘルメスの竪琴を手に入れてからのこと。
予言の神となったのは、女神テミスからデルポイの神託所を奪い取った後。
そして、太陽神の座は、ティターン神族の太陽神ヘリオスからその神格を受け継いだ形になっている。

要するに、彼は、父である大神ゼウスの力を傘に着て、他人の地位や役職を奪い取り、現在の地位を築いた我儘二世息子なのである。
が、そういう者の常として、気位は高い。
そのプライドの高さも、考えようによっては、自分のものと言える何かを持たない者の劣等感の裏返しなのかもしれないが、それを当人が意識しているかどうかは疑問の残るところである。

『真紅の少年伝説』で既に、太陽神としてのアベルが登場済みなため、2004年公開の劇場版での彼の立場がどういうものになるのかは、現在のところ不明であるが、Phoebus ──光り輝く者──すなわち、太陽神としての彼が、世間一般には最も広く知られていると言って間違いはないだろう。

いずれにしても、黒い太陽・冥界の神託蛇ピュトンが彼のもう一つの姿と言われているところからして、その本性も推して知るべし――という男ではあった。


「まともに氷河の相手をしようとしたのが、そもそも彼女の間違いだったのですわ」
知恵と戦いの女神アテナは、彼女自身と同様にオリンポス12神の1柱であり、また兄でもあるアポロンに、にっこりと微笑んでそう言った。
無論、この兄が馬鹿な振舞いに及ぶのを牽制するために、である。

人間に──特に氷河に──逆らうなどという無謀なことをしてのけたアルテミスの軽率を、アテナ沙織は少々軽蔑していたのである。
その軽率の結果、アルテミスに降りかかった災難には、多少の同情をも覚えてはいたのだが。






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