「そ……それ、瞬は知ってるのかよ?」
なんとか気を取り直して、星矢は、どもりながら氷河に確認を入れてみた。
答えは、聞く前からわかっていたのだが。

「知らせる必要もないだろう。無実ではないにしろ犯人じゃない人間を、自分のせいで逮捕させたなんてことを知ったら、瞬は、あの痴漢常習者に同情しかねない」
「逮捕させたのは、瞬じゃなくて、おまえだろ」
「俺のしたことは正当防衛だ。変態が瞬に触ろうとしてるのを、黙って見過ごすわけにはいかん」

氷河の主張は、実に理路整然としていた。
是非を問わない彼の論理で。――つまりは、彼の勝手な独断と偏見で。

星矢は、氷河の主張に、
『触ろうとした奴が変態なら、実際に触った男は何なんだ !? 』
と突っ込みを入れることすらできなかった。

10秒間、それでも星矢は悩んだのである。
自分は、善良な一市民として、しかるべきところに、この犯罪者を告発すべきなのかどうか――と。
10秒後に出てきた結論は、
「ま、瞬が狙われてたのは事実なんだし、どーでもいっかー」
――だったが。

星矢は、仲間内から犯罪者を出したくなかったのである。
そもそもアテナの聖闘士の役目は、法律で処しきれない悪を懲らしめることなのだ。

「攻めでいるのも大変だな」
紫龍も、この件に関しては、星矢の判断に同調することにしたらしい。

「瞬も気にしなきゃいいのに、意地張るからこんなことになるんだよ。受けなら受けでいいじゃんか、なぁ」
そうと決めたら、余計なことは綺麗さっぱり忘れるのが星矢である。
紫龍が氷河にかけたねぎらいの言葉に、星矢は大きく頷いてみせた。

「受けだの攻めだのってのは、性差でも何でもないってことが、瞬はわかっていないんだ。受けと攻めのどちらが女性的だというのでもなければ、男性的だというのでもない。どちらかが弱いわけでも強いわけでもない。無論、どちらかが偉いわけでもない。強引な人間も控えめな人間も、能動的な人間も受動的な人間も、それは男女に関わりなく存在するわけで、要はバランスと適応力の問題なんだがな」

氷河は当然、自分が犯罪を――強制猥褻と偽証の罪を――犯したという意識を全く抱いていない。
彼は、実に毅然とした態度で、自分の意見を仲間たちに披露してみせた。

「大事なのは、凸と凹がうまく噛み合うこと、だな」
「性格的にも、行動も、考え方も、むろんアレも」
「ぴったり合いすぎて、離れられなくならないように気をつけることだ」
「その忠告は遅きに過ぎたな」

氷河が、紫龍に薄い笑みを向ける。
確かに、今更氷河に何を言ったところで、全ては時宜を逸した忠告だったろう。

「ま、これで、俺はめでたく“完全無欠の攻め”になれたわけだ。瞬のために、一層励むことにするさ」
氷河が、これからの豊富と目標を宣言し、
「頑張ってくれ」  
「あんまり瞬の機嫌を損ねないように頼むぜー」
――と、彼の仲間が彼を激励する。

アテナの聖闘士たちの熱き友情と同志愛は、感動的なまでに美しく、強固かつ超合理主義的だった。

自分たちの理論で、この一件をめでたしめでたし一件落着と決めつけた星矢が、携帯電話で例の性別占いのページにアクセスし、すっかり覚えてしまった瞬の回答を入力する。
『問42 電車やバスの車中で痴漢に遭ったことがありますか。』の回答を『ある』にチェックし直し、


をぽちっ☆ と押すと、携帯電話の画面が切り替わり、性別占いの結果がそこに表示された。






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