「氷河はいいなぁ……。わざわざ先生が会いに来てくれて。僕の先生は──」
サングラスをしていない氷河を見詰め、ふいに、瞬がぽつりと呟く。

氷河としては、『“会う”ことなどできていない』と反駁したいところだったのだが、どうもそういうことの言える雰囲気ではない。
瞬は、心底から羨ましそうに、カミュの不肖の弟子を見詰めていた。

「瞬は、死んだ後にも心配の種が尽きない氷河とは違って、不肖の弟子なんかじゃないじゃん。亡くなった先生にだって、きっと自慢の弟子だったんだろ」
返す言葉のない氷河に代わって、星矢が横から口をはさんでくる。

ちなみに、この話における瞬の師は、もちろんアルビオレである。
『水晶聖闘士が出てきていないのに何故?』と思う向きもあるだろうが、時代に流されない恒久的な価値を持つ憲法のように、『瞬の師はアルビオレ』というのが、チューリップ畑のお約束なのだ。

それはともかく。
星矢に慰めの言葉をかけられても、瞬は一向に浮上する気配を見せなかった。
それどころか、瞬は、氷河の前で、
「僕も氷河みたいに出来が悪かったらよかったのに……」
などという暴言を吐きさえした。

瞬に、悪気なく羨ましそうにそう言われてしまった氷河の心中は、ひどく複雑である。
星矢や紫龍の報告では、瞬はまるで自分自身の師に対するかのように、カミュとの親密さを増している──ということだった。
それが、氷河には不愉快だったのである。
少なくとも素直に喜ぶことはできなかった。

氷河が機嫌を悪化させている原因は、無論、それだけではない。
むしろ、彼の不機嫌のいちばんの理由は、カミュとの同居生活が始まってから、瞬が氷河にさせて・・・くれないことだった。
そして、そんな毎日を、瞬が苦痛に感じていないらしいことだったのである。


「あの馬鹿師匠、さっさと消えてくれればいいのに」
「氷河、どうしてそんなこと言うの!」
「おまえとできないっ・・・・・!」

カミュとの同居生活1週間。
氷河が、ついに本音を瞬にぶちまける。
氷河の剣幕に、瞬は一瞬あっけにとられ、それから困ったように肩をすくめた。

「それは……だって氷河、どういうきっかけでカミュ先生と入れ替わるかわからないんでしょ」
「この俺が、おまえとそーゆーことをしている時に、カミュのでしゃばりを許すものかっ! おまえは俺を信じていないのかっ」
「でも……」

自信満々で断言する氷河に、それでも瞬はためらってみせた。
これは信頼の深浅の問題ではない。
もっとデリケートで──その上にも更にデリケートな問題なのだ。

が、実は瞬にも、自分が最近カミュにかまけて、氷河をないがしろにしている自覚がないではなかった。
怒声を響かせつつ、氷河は実は拗ねているのだということも、瞬にはわかっていた。

そういうわけで。
結局、瞬は、その夜、
「意識が入れ替わってる間の記憶はないんだから」
という氷河の説得に負け、1週間ぶりの××を承諾してしまったのである。

それが間違いの元だった。






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