氷河の国は、エリシオンから100キロほど北方にある、広大な台地を中心とした一帯だった。
どこからどこまでが氷河の支配下にあるのかは、たとえ地図があっても、瞬にはわからなかったろう。
おそらくそれは、相当流動的に、日々変動しているに違いなかった。

氷河の指示に従ってヘリを着陸させた場所に建つ石作りの住まいは、城館というより、要塞のようだった。
見張り台のある塔が四方にそびえ、城壁のあちこちには矢を射るための小さな窓が備わっている。
敵の侵入を許したことがないのか、建物には損傷の跡らしいものが一ヶ所も見当たらない。
中庭には、思いがけず、野性の花を咲くがままにしている花園まであった。


ひと月近く留守にしていた城の主が、得体の知れない入れ物に乗って帰還したことに、城の住人たちは一様に驚いているようだった。
城内に入った氷河に声をかけてくるのは、10代から40代前後までの血気盛んそうな男たちがほとんど。

彼等は、彼等が見たこともない生地でできた純白のクラミュスを身に着けている瞬を見て、皆が皆きょとんとした顔になった。
彼等は、神に直談判に出掛けたはずの頭目が、自分たちとは異質な白い生き物を神からもらってきた──とでも思っているようだった。


戸惑う瞬の手を引いて、仲間たちへの挨拶も事情説明もそこそこに、氷河が瞬を彼の私室らしい部屋に連れ込む。
途端に、閉じられた扉の外で、氷河の仲間たちの大きな笑い声が湧き起こった。

「事情の説明は、お楽しみの後だそうだ」
「心配してやっていたのに、何なんだ、ウチの城主様は」
「あれを捕まえるために、ひと月も国を留守にしていたのか」
「いいから散れ散れ。今、邪魔をすると即座に切り殺されるぞ」
あまり上品とは言い難いやりとりが、防音の設備も何もないオーク製の扉の向こうから聞こえてくる。

氷河が、寝台の脇の書見台の上にあった手燭の器を扉に投げつけると、扉の外の騒ぎはぴたりと静まった。






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