「僕は……僕は、ずっと、誰かにその言葉を言ってほしかった」
瞬が望んでいたのは、ただそれだけだった。

「誰かに必要とされたかった。誰かに求められたかった。誰かのために存在したかった。誰かのために何かができる僕になりたかった。僕は──」
だというのに、エリシオンのただひとりの“神”である瞬には、それは望んでも叶わない望みだったのだ。

「その誰かは俺でもいいのか」
「氷河がいい」

それを──瞬の唯一の願いを──氷河は、事も無げに叶えてみせるのだ。

「なら、俺の側にいてくれ。おまえがいると、きっと生きていることが楽しくなると思う」
「楽しい?」
「生きるってことは、そういうことだろう? 命は、命を楽しむためにあるんだ」
「…………」

そのためになら、氷河は何でもするのだろうか。
その力の及ぶ限りに。
それは、瞬には、まるで夢のような生き方だった。

「僕に──氷河を楽しませてあげることなんてできるんだろうか」
「俺は、初めておまえに会った時から、ずっと楽しかったぞ? オリンポスを襲う時には、神をも怖れずおまえの救援に向かった俺の気概を知ったら、きっとおまえは俺に惚れ込んでくれるに違いないと期待して、どんなに険しい道を進むのも楽しくてならなかった」
「え……?」

瞬が“人間”の持つ力に圧倒され、怯えてさえいたあの時に、当の氷河は、のんきにそんな“楽しいこと”を考えていたというのだろうか。
瞬は、一瞬、言葉に詰まった。
少しの間をおいてから、
「ぼ……僕は、氷河の計略にまんまとはまっちゃったの?」
と訊いてみる。

「そういうことになるな」
氷河が真顔で頷くのを見て、瞬は吹き出した。
笑いながら、瞬は、『生きることが楽しい』というのは、こういうことを言うのかもしれないと思った。

氷河の周囲には、生気の輝きがある。
命を謳う空気と命を育てる空気があり、それは、力を育てる力を持っている。
それを守る力が自分にあるのなら、その力を放棄することは、瞬には絶対にできないことだった。

「──僕は、氷河といる。氷河と同じものになる」

瞬のその言葉を聞いた途端に、氷河の瞳の色が明るい青に変わる。

力とは、幸福とは、こんなふうにして生まれるものなのかもしれない。
こんなふうに、日々、誰にでも生み出せるものなのかもしれない。


そして、そんなふうにして、この地上から、最後の神は姿を消したのだった。






Fin.






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