“杏子ちゃん”に再び捕まることを怖れて、氷河と瞬は早々に店を出た。
昨日よりも更に春の気配を増した暖かい微風が、ふたりを包む。

大いなる神の恩寵アメイジング・グレイスは何よりもまず、この世界そのものを覆い尽くしているようだった。

「アメイジング・グレイスは、人がそれぞれ見つけ出すものなのかもしれないね。僕も“杏子ちゃん”も“杏子ちゃん”の彼氏も、形は違うけど、幸せなことに変わりはないみたい」

暖かい春の午後の陽射しは、擦れ違う人々の表情をも皆、和やかで穏やかなものにしているように見える。
瞬は、それだけで──神に与えられる恵みは、この春の陽射しだけで── 十分なような気がした。
幸不幸のすべてが神に与えられるものなのだとしたら、個々の人間が必死に生きている意味がない。

「──俺も、幸せな人間だぞ」
氷河が、そう言って、瞬の肩に手をまわす。
女の子に見誤られることに開き直ったのか、あるいは、それも春の暖かい陽射しの効用なのか、瞬は氷河の手を振り払わなかった。


“杏子ちゃん”には“杏子ちゃん”の幸福があり、瞬には瞬の、氷河には氷河の幸福がある。
すべての人の幸福が同じ形ではないということもまた、大いなる神の恩寵アメイジング・グレイスなのかもしれないと思いながら、瞬は氷河の肩に額を押しつけた。






Fin.



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