とにかく、見事な庭だった。
美しい魔物が出ても何の不思議もないほどに。
夜だけでなく日中も、花の幻想の中にいるような錯覚を覚えるほどに。

もっとも俺は、日中をその屋敷で過ごすことはほとんどなかった。
俺は、花を愛でて過ごせる楽隠居の身ではなかったし、俺の会社のビルは都心のオフィス街にある。
俺は毎日、車で都心まで1時間強の時間をかけて、通勤することになった。
特に重要なミーティングやプレゼンの予定が入っているのでもない限り、必ず出社しなければならないわけでもなかったのだが、四六時中花の中にいたのでは現実に戻れなくなるような気がした。

そもそも俺が、わざわざこんな不便なところに居を求めたのは、突然父親顔をし始めた男からの干渉と執拗な招聘を避けるためだった。
今は、通信回線さえ確保できていれば、どんな田舎だろうが移動中の車の中だろうが、部下への指示は出せる。
何より、俺は、一日中絶えることのない騒音と灯のないところで、俺自身の身の振りを落ち着いて考えてみたかったんだ。

俺の新居は、以前暮らしていたマンションよりは、俺が個人雇用している運転手の家に近く、彼も灰色のビル街ばかり走っているよりは今の方がいいと言っていた。
このあたりは自然が多くて風景に変化があり、そして、妙なくらいに若い女性の姿が多い──のだそうだ。


ともあれ、そういうわけで、俺が新居の庭の花の姿を愛でるのは、大抵が夜だった。
夜風に運ばれてくる花の香りが、亡くなった母の思い出を想起させる。
あの人も、花を愛した人だった。

その母の臨終の言葉に従って、俺はこれまで一人で生きてきた。
父への復讐。
それが、俺の生きる目的だった。
突然手の平を返したように認知の跡継ぎのと言われたところで、今更その生き方を変えるつもりはない。

問題は、父の提案してきたことが、俺にとっても魅力的な提案だったことだ。
あのでかい企業を、俺の采配で動かせる。
それは、俺の野望と野心そのものだと言ってもいい。
俺には、自分の力を試したいという気持ちがあったし、俺にならそれができるという自負もあった。

だが、俺は、それを父の手から奪うならともかく、与えられるということが我慢ならなかったんだ。
つくづく、何も考えずにただ美しく咲いていられる花が羨ましかった。






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