「『ったんです』って言おうとしたんだけどね……」
いつもの逢引場所であるラブホの一室で、瞬は大きな溜め息をつきました。

「先生ってば、僕の言うこと聞く耳も持ってないみたいで、『大事な弟子にこんな無体をされて黙っていられるか』って言って……」
「それで、ウチに果たし状が送られてきたわけか」

氷河の若さの暴走が原因で、それまではそれなりに平和だった両家の関係は急変していました。
可愛い愛弟子を傷物にされて怒り心頭に発したアルビオレは、夜が明けるのも待たずに、アクエリアス家に果たし状を送りつけたのです。
果たし状を送った相手は、氷河ではなくカミュ。
当然、この騒ぎはカミュの知るところとなりました。

「こんなことで先生たちが闘うのは嫌だよ。だいいち、誰も悪くないのに、どうしてこんなことになるの……」
氷河が本当に“悪くない”かどうかはさておいて、いい人ばかりでも争いは起こります。
むしろ、そういう場合の方が多いのです。
悪い人間は小狡く立ち回って、秘密裡に自身の利益を図りますからね。

「正直に言っちゃおうか、ほんとのこと」
いっそ開き直ってしまおうと言わんばかりの瞬の提案に、氷河は渋い顔をして横に首を振りました。

「しかし、それでは、弟子の俺たちが師匠の面目を潰すことになる。これまで、神経を磨り減らしながらこっそり会っていたことも全てが水の泡。その上、我が師の立場が──」
「それで腹を立ててくれるならいいけど、僕たちにそんな思いをさせてたってことを知ったら、先生たち、落ち込みそうだもんね……」
「そうなんだ」

“いい人”というのは、本当に扱いが難しいものです。
どうこう言って、氷河も瞬も、自分の先生が好きなのでした。
好きな人は傷付けたくありません。
当然のことです。
それで、氷河と瞬は困っているのでした。






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