「否応なく闘いを強いられてる状況って、もしかすると、すげー楽なことだったのかもしれないな。何してもいいって言われると、かえって、何していいのかわかんねーや」
沙織がラウンジを出ていくと、それまで微妙に緊張させていた身体をソファに投げ出して、星矢は半ばぼやくように言った。

瞬は、沙織が場を外しても、相変わらず身体を縮こまらせたままである。
「僕、自分の人生とか幸せに他力本願だったかもしれない……。みんなが幸せでいてくれたらそれでいいって思ってたけど、それって、自分のためには何もする気がないってことだよね。本当は、何かしなくちゃいけないんだよね」

その“何か”がわからないという点では、だが、瞬も星矢と大して変わらない位置に立っているのだった。
自分の将来を星矢や瞬ほどには漠然とさせていない紫龍が、そんな瞬に、地に足のついた助言をする。
「おまえには福祉関係の仕事が向いているんじゃないか?」

「福祉関係……? そうだね……何か資格を取るための勉強でも始めようかな」
曖昧模糊としていた自分の将来への手掛かりをもらったような顔になって、瞬が考え深げに頷く。
それは、確かに自分に向いた進路のような気がした。

「一輝はまあ、自力で生きていくこと自体が生きる目的のようなところがあるから、奴はそれでいいとして、問題は氷河だな。どうするんだ? ジゴロでも始めるのか?」
「だとしたら、まず、女を引っ掛ける勉強からだろ?」

瞬には的確なアドバイスを与えることのできる紫龍も、そして星矢も、相手が氷河となるとマトモな意見は出てこない。
『ジゴロ』から『シベリアで墓守り』まで、平気で何でもこなしてしまいそうな相手には、実際、どんな助言も無意味だったろう。

「そんなものは不要だ。金があってセックスがうまけりゃ、女は寄ってくる。口を開きさえしなければ、いい男らしいしな、俺は」
「自分をよく知っているな。『口を開きさえしなければ』とは」
内心では呆れ果てていることを思い切り表情に出して、口調だけは感心したように、紫龍が言う。

星矢はと言えば、氷河のその言葉を聞いて、自分と仲間の人生や将来よりも全く別方面の問題に興味を引かれたようだった。
「氷河って、うまいのか? そっちの方?」
「さあ……。相手を喜ばせようとして したことがない」
「それってヘタってことじゃん」
「かもな」

深刻なはずの人生問題が、いつのまにか下半身メインの話にすりかわっているのに、瞬は戸惑ったらしい。
落ち着きなく視線をあちこちに飛ばしたあげく、結局瞬は顔を伏せてしまった。

しかし、瞬にとっては顔を伏せざるを得ないような問題も、星矢にとっては、自分の未来や夢の実現以上に重大な問題だったのである。
「にしても、みんな、いつのまに〜っ! もしかして、この中でドーテーって俺だけかよ?」

「瞬がいるだろう」
「おっ!」
紫龍の言葉を受けた星矢が、最後の希望の地カナンを見い出したイスラエル人のように、期待に満ち満ちた目を瞬に向ける。
瞬の顔を覗き込むようにして、星矢は瞬に尋ねた。
「瞬、そうなのか?」

「あ……あの……」
そんなことを尋ねられても困るのである。
瞬は口ごもり、星矢は瞬のその反応を見て、その口からはっきりした返事を聞く前に、瞬を自分の仲間と認定した。
「お仲間〜!」

「よかったな、星矢」
「うんうんっ!」
嬉しそうに何度も大きく頷く星矢に苦笑してから、紫龍がちらりと視線を氷河に向ける。
「よかったな、氷河」
「どういう意味だ」
「さて」

とんでもない展開を見せる仲間たちの話題についていけなくなったらしい瞬が、頬を染めて、掛けていた椅子から立ち上がり、こっそりと部屋を出ていく。
それを横目で見送ってから、紫龍は氷河に向き直った。






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