夏が近付いていた。
その日、城戸邸に集められた子供たちは、庭の雑草取りを命じられて、広い庭のあちこちにある花壇に散らばっていた。
瞬が受け持ったのは、まだ蕾のままのバラが植えられている区画の花壇で、バラの苗の根元では、忘れな草がひっそりと薄青色の小さな花を咲かせていた。

その花が氷河の瞳の色に似ているような気がした。
だから、瞬は、その綺麗な“雑草”を捨ててしまうことができなかったのである。
青い可憐な花を集め、手の平に収まるほどの小さな花束を作る。
それから、その花が枯れてしまわないようにコップに入れて、瞬はそれを氷河の部屋にこっそりと持っていった。

城戸邸に集められた子供たちは数人ずつのグループ分けをされて、そのグループ毎に部屋を与えられていた。
氷河は星矢たちと一緒の部屋で寝起きをしている。
さりげなく置いておけば、それが誰のために誰が飾ったものなのかはバレないはずだった。

だが、窓辺にある机の上にコップを置いて氷河たちの部屋を出ようとした瞬は、そこで、ちょうど自室に戻ってきた氷河と鉢合わせをしてしまったのである。

「なんだ?」
氷河が、誰もいないはずの部屋にいる瞬を訝り、尋ねてくる。

「あ……あの……」
瞬は返答に窮した。
住人のいない時を見計らったように他人の部屋に忍び込むなどという行為をしでかしたのである。
こそ泥呼ばわりされても、言い訳はできなかった。──そこに盗む価値のあるものがあったかどうかはさておいて。

瞬は、これ以上、氷河の自分への印象を悪くしたくなかった。
ここで何も言わずに逃げてしまったら、それは最悪なものになるだろう。
だから、逃げ出したいと騒ぐ足をなだめ、瞬は必死にその場に踏みとどまった。

「あの……花を──氷河の目の色の花……」
顔を俯かせたままで、ちらりと視線を窓辺のコップに向ける。
その視線の先にあるものを、氷河は認めたようだった。
顔をあげて、それを確かめる勇気は、瞬にはなかったが。

正直に白状してしまってから、だが、瞬は後悔したのである。
花を飾るなどという行為を、城戸邸の他の子供たちはしない。
この邸内で、花を好きな子供を、瞬は、自分以外に知らなかった。
そして、瞬の認識では、『仲間たちのしない行為』 イコール 『女々しい行為』だったのである。
女々しい奴と言われることを覚悟して──ほとんど確信して──瞬は更に深く項垂れた。

が、氷河の口から出てきた言葉は、思いがけないものだった。
それまで不審げだった氷河の口調が、ふいに和らぐ。
そして、彼は、
「綺麗だな」
──と、そう言った。






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