「生け贄の儀式のひと月前から、その子には護衛がひとり付けられたんだ。生け贄の儀式の前に、その子に何かあったらまずいからって」
「その実、監視役だったんじゃないのか。殺される前に逃亡されることを避けるための」
「そうだったかもしれない。その護衛役の人は──本当なら彼が生け贄に選ばれてもおかしくないくらい、綺麗でたくましい青年だった」
「俺よりもか」

「もう、どうしてそんなとこで対抗意識を持つの」
「どうだったんだ」
「氷河とおんなじくらい。おんなじくらい綺麗な人だった」
「ふん。で、その男は──いや、そういえば、その生け贄の少年はどうだったんだ」
「どうって?」
「綺麗だったのか? おまえと同じくらい?」
「僕はあんまり綺麗だとは思わなかったけど」

「綺麗だったんだな」
「どうしてそういうことになるの」
「おまえに似たタイプなんだろう。でなかったら、おまえは、大抵の人間を褒めるはずだ」
「似てた……かもしれないけど……」
「じゃあ、そういうことにしよう。物語の登場人物は美形な方がいい。それで、その、俺とおまえに似ている美形のふたりはどうなったんだ」

「生け贄の子には、その護衛の青年が、初めて身近に接する他人だった。その子は、それまで、他の誰かとろくに話をしたこともなかったんだよ。だから、その子は嬉しくて、ね。自分の持つ恐ろしい力も、彼の前では無力に見えた。すごく──生気に満ちた人だったから。で、彼は、もうすぐ命を絶たれる子供に同情したのか、生け贄の子にすごく優しくしてくれて、そして、外の世界の色んなことを教えてくれた。生け贄の子は、護衛の青年を知って初めて、欲を持ったんだ。外の世界を見たい、青い空を見たい、白い花を見たい、もっと生きていたい、いつまでも彼と一緒にいたい──」

「同じことを、その護衛役の男も考えたんだろう」
「どうしてわかるの」
「目の前に、おまえに似た美形がいて、自分を慕ってくれてる様を見せられたら、誰だってそう思うだろう。少なくとも俺はそうだ」

「そう……なのかな。うん、でも、そういうふうになった。彼は、生け贄になるのなんかやめて、ふたりで逃げようって、その子に言ったんだ」
「だろうな。で、手に手をとっての逃避行。チチェンイッツァから遠く離れた土地で、ふたりは幸せに暮らしました。めでたしめでたし、だ」
「…………」

「違うのか?」
「二人で戦士の神殿から逃げるとこまではその通りだけど、ふたりはすぐに捕まっちゃうの。そして、生け贄の子は、あらかじめ決まっていた通りに、その年の春分の日の儀式で、神官に心臓を抉られて、その心臓は神に捧げられた」
「今どき、そんなアンハッピーな映画は受けないだろう。暗いばかりで、カタルシスがない」
「うん、そうだね」

「その護衛役の男はどうなったんだ」
「多分、彼も生け贄の子と同じ運命を辿ったと思う」
「その映画では、そのあたりは描かれてないのか」
「うん。生け贄の子が死んだところで終わり。その子は、生まれた時からずっと、戦士の神殿の奥深い部屋で暮らしてたし、護衛の青年と逃げたのは夜だったから、生け贄の儀式の当日に、初めて青い空を見たんだ。雲ひとつない青い空だよ。でも、それは、護衛の青年が話してくれた空ほどには美しくないの。彼の瞳の方がずっと美しかった。──そんなことを考えながら、生け贄の子は死んでいった。それで終わり」

「不親切な映画だな」
「うん、ほんとだね……」






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