「実は──」
「何?」

ベッドで瞬と睦言を交わすことが、氷河の趣味になりかけていた。
無意味・無益な活動を軽んじていた氷河にしては、劇的な変化である。

「あまりに何もかもがうまくいきすぎたような気がするんだが」
「そう?」
「これまで長い間、反発し合い反目し合っていたヒトとDBの関係が、ごく私的な俺の恋のせいで、こうも変わってしまうというのは、どうにも合点がいかない」
「氷河の起こした騒ぎは、ただのきっかけでしょ。ヒトもDBも気付いたんだよ。ヒトがヒトであることも、DBがDBであることも、それは人間のただの個性に過ぎないってことに」
「それにしても──」

結果は良い方向に転び、今現在、瞬は氷河の胸の中にいるのだから、氷河には全く不満はなかった。
だが、それにしても、ものごとがあまりにうまく運びすぎた感は、どうしても打ち消せない。
理論的に納得しきれずにいる氷河に、瞬は、人間の情緒的・本質的見地に立って導き出した見解を示した。

「人間が生きている目的は、幸福になることでしょう? その究極の目的のためには、DBもヒトも同じだけの努力をしなくちゃならない。氷河みたいに、綺麗で頭がよくて健康で、体力測定値が怠け者のヒトの3倍あっても、幸福になるためには東奔西走の苦労をしなきゃならないんだ。こんなに公平なことってある?」

瞬の言う通り、頭脳が優秀なことも、運動能力に優れていてることも、人格的に秀でているかどうかということさえ、幸福になる可能性という面で見れば、それは全く重要な要素ではない。
人間は、その点に関しては、完全に平等だった。

「あの……氷河の幸福が、僕といることだと仮定しての話だけど」
「俺の幸福は他にはない」

熱烈に恋している相手と交わす睦言は、合理性・論理性を超越して快い。
瞬に、はにかんだような微笑を見せられた氷河は、考えても詮無い因果を考え続けることを中断して、再び瞬を抱きしめた。



人間が人間を許すものも、人間を人間に結びつけるものも、結局はそういう快いもの──愛情や寛容や理解──なのだろう。
人間を幸福にするものも、もちろん、それらのものに他ならない。






Fin.






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