“二人”の清らかなお付き合いの事実に顔を歪めている星矢を、瞬が上目使いに盗み見る。
それから瞬は、ごくごく小さな声で言った。
「やり方はあるんだよね? あの……同性同士でも」

星矢はそれには答えなかった。
代わりに、彼が今、最も知りたいことを単刀直入に口にする。
「氷河って、不能か?」

「……!」
即座に星矢の疑念を否定する言葉を口にしようとした瞬は、しかし非常に残念なことに、そうすることができなかった。
『違う』と否定したくとも、否定できる材料の持ち合わせが瞬にはなかったのだ。

言葉に詰まってしまった瞬に代わって、紫龍が、氷河に関する考察と弁明を試みる。
「大切すぎて、そういうことをしたくないという心理もあるだろう。世の中には、至純の愛だの精神愛だのという概念もあるようだしな」

「紫龍、また目の調子が悪くなってるのか? あいつ、スケベだろ、どう見ても」
氷河の不能を疑った舌の根も乾かぬうちに、平気でそんなことを言ってしまえるところが星矢である。
そして、星矢は、自信満々で断言した。
「氷河は我慢してるだけに決まってるんだから、今のままでいいのかどーかなんて悩んでるくらいなら、おまえの方から誘ってやればいいじゃん」

星矢の助言は、実に有効かつ直截的である。
しかし、恋する青少年の心は、そう単純にはできていないのだ。

「ぼ……僕は、今のままで十分満足なの。別に、そんなことしたいわけでもないし。でも、氷河がそうしたいのなら、嫌だって言うつもりもなくて、けど、氷河が何も言ってこないのは、氷河がそんなことしたくないからなのかもしれないし、それなら、僕もしなくてもよくて、だけど万一、氷河が遠慮してるだけだったりしたら、それはすごく悲しいし、でも、そうじゃないんだとしたら、僕からそんなこと言い出して、氷河に軽蔑されたくないし、だから僕……」
瞬は、乙女(?)の恥じらい全開で、伏目勝ちに、恋する青少年の繊細かつ複雑な心情を切々と星矢に訴えた。

星矢が、200字以上あった瞬のその言葉を、超高性能の脳内翻訳機で、『ヤりたいのなら、早く押し倒してほしい』と、わずか18文字にまとめあげる。
そして、星矢は再び断言した。
「あの氷河がしたくないはずないだろ。毛唐だし、だいたい、あいつ氷河だぜー?」

言ってから、同意を求めるように、星矢は紫龍を振り返った。
さすがにその決めつけはどうかと思ったのだが、しかし紫龍もまた、星矢の決めつけを否定するどんな材料も持ち合わせてはいなかった。
「まあ……これは何かとデリケートな問題だからな」

そんな言葉でお茶を濁しつつ、紫龍が眉根を寄せたところに、噂の当人がご登場である。
ラウンジを一渡り見回して目的の人物を見付けた氷河は、微かに顎をしゃくって、瞬の側に歩み寄りかけた。

その氷河に、“デリケート”の意味など知りもしない星矢が、渡りに舟とばかりに、遠慮のない大声を放り投げる。
「おい、氷河! 瞬がおまえとスケベなことしたいんだってよー!」

「星矢っ! 僕、そんなこと一言も言ってないでしょっ!」
「言ったじゃん。『氷河がヤりたいなら拒まない』ってのは、『ヤりたいならヤりたいと、はっきり言え!』ってことだろ?」
「どーしてそういうことになるのっ!」
氷河と星矢を慌しく幾度も交互に見比べながら、顔を真っ赤にして瞬がわめきたてる。

必死の犯行(?)否認に努めていた瞬は、しかし、
「違うのか?」
と、星矢に素で訊かれて、
「う……」
答えに詰まってしまったのである。

星矢の推察と断定を100パーセント否定することは、瞬にはできなかった。
だが、たとえその推察と断定が全くの見当違いでなかったとしても、少なくとも瞬は、もう少し上品な言葉で、それを考えたのである。

「氷河、あっち行こ!」
このままこの場にいると、星矢に品のない言葉で図星を指され続けかねない。
瞬は、手にしていたクッションを床に放り出し、氷河の手を引っ張って、勘の良すぎる仲間たちの前から緊急避難した。






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