「あのなぁ、瞬」 行為に及ぶ前から疲れ果て、やはり今夜はやめておいた方が無難だと瞬に告げるために、氷河は、瞬の肩にぽんと手を置いた。 途端に、瞬がびくっと全身を震わせて、氷河の手から素早く身を引く。 瞬のその反応に、氷河の方がびっくりした。 瞬は、すぐに取り繕うような笑みを作って、それを氷河に向けてきたが、それは遅きに失したものだった。 その時になって初めて まともに瞬の目を見た氷河は、そして、気付いてしまったのである。 瞬の瞳は、その能天気な言動とは裏腹に、どう見ても怯えていた。 「…………」 ──人間が勇気を持つ時というのは、どういう時なのだろう。 欲が恐れを凌駕した時なのか、あるいは、無知が恐れを無いものにした時なのだろうか。 そういうこともあるかもしれないが、そうして持ち得た勇気は、単なる無謀・蛮勇でしかないだろう。 少なくとも今の瞬は、欲や無知のために、その勇気を奮い起こしているのではない。 瞬は、勇気を奮い起こせない臆病者のために、瞬自身の勇気を奮い起こそうとしているのだ。 「瞬……」 そうして、氷河は悟ったのである。 男の股間が──もとい、男の沽券が、いったい何だというのだろう。 たとえコトが不首尾に終わったとしても、それは恥でも何でもないし、もしそんなことになっても、瞬が自分を蔑むことなどあるはずはない。 ムードが不適当なことですら、大した問題ではないし、それは いささかの障害にもなりえない。 重要なことは、『どうすべきか』『どうあるべきか』ではないのである。 大事なのは、『どうしたいか』。 そして、それよりも何よりも大切なことは、『瞬のために、何ができるのか』だった。 愛には愛、思い遣りには思い遣り、勇気には勇気で応えるのが人の道である。 氷河は、瞬が示してくれたそれらのものに、同じものを返す決意をした。 「挨拶はいらない。電気を消すのも後でいい。こっちを向け」 瞬が正座しているベッドに腰をおろし、氷河は瞬の真正面に対峙した。 そして、瞬が身に着けているクリーム色のパジャマのボタンを外し始める。 「な……なんだか、どきどきするね」 そう告げる瞬の声は、微かに、だが確かに震えていた。 瞬は、氷河に、無理に 瞬が、上目使いに、氷河を盗み見る。 今にも泣き出しそうな瞬の眼差しは、この期に及んで、『ほんとにするの?』と無言で氷河に訴えかけているようだった。 声にしてしまいたい言葉を無理に喉の奥に押しやっているような瞬の様子に、氷河は気付かない振りをした。 瞬の心の準備が完璧になるまで、コトの成就を延期した方がいいのではないかという考えが生まれないわけではなかったのが、その考えを実行に移すことは、氷河にはもはや不可能だった。 なにしろ、瞬のあまりに可愛らしすぎる勇気に、氷河の元気なご子息が騒ぎ出して、親の言うことを聞きそうになかったのである。 そして、瞬にとっては幸か不幸か、今の氷河にはわかってしまっていた。 瞬を真実の意味で喜ばせてやる最上の方法は、氷河自身が喜ぶことなのだということが。 |