「なんだか、ブラックアンドロメダさん、苦しそうに見えるんだ……」 昼間は蝉が、過ぎ行く夏を引きとどめようと騒がしかったが、夜にはもう涼しげな秋の虫の声がする。 その ブラックアンドロメダは、城戸邸の青銅聖闘士たちに、自分を『ブラックアンドロメダ』以外の名で呼ぶことを許さなかった。 当人がいない時にも律儀にその呼びにくい呼称を貫く瞬に、氷河は、半ば呆れ、半ば感心していた。 あんなひねくれ者は『奴』で十分だ──というのが、氷河の本音だった。 幾度も繰り返し、仲間たちが言ったという悪意のこもった言葉を伝えられているうちに、さすがの瞬も、これはおかしいと疑念を抱き始めていた。 ブラックアンドロメダの口からは、どう考えても仲間たちが言うはずのない言葉が、次々に飛び出てくるのだ。 聞き間違いにしても、それは頻繁に過ぎる。 いったいどういうことなのだろうと瞬に相談された氷河は、そういうわけで、ブラックアンドロメダが瞬に吹き込もうとしていた不信と悪意を知り、思い切り嫌そうに顔を歪めることになったのである。 「そんな嘘八百を真に受けて、おまえが仲間に不信を抱くとでも思ったのか、あの野郎は」 その姑息なやり方に舌打ちをした氷河を見て戸惑った瞬が、2、3度瞬きをする。 「嘘……?」 瞬は、仲間たちを信じていたが、同時にブラックアンドロメダをも信じていた──少なくとも、疑ってはいなかった。 彼は何らかの誤解や勘違いをしているのかもしれないと思いはしても、彼の伝えてくる仲間たちの言葉が虚言だという可能性を、実は瞬は、今の今まで全く考えに入れていなかったのである。 当然である。 そんな嘘を口にすることで、ブラックアンドロメダが得るものは何もないのだから。 しかし、言ったと伝えられた氷河本人に『言っていない』と断言されれば、瞬は、氷河の方を信じざるを得なかった。 そして、それは嘘だと明言されて初めて、瞬は、ブラックアンドロメダの苦渋に思い至ったのである。 |