「おまえが泣いてどうする」
気付くと、瞬は、俺の顔を見あげて、涙を零していた。
そして、その涙を隠すように、俺を抱きしめてきた。

「氷河のマーマはわかってたんだと思うよ。氷河のマーマが、もし理不尽な暴力や迫害にあったら、氷河も命懸けでマーマを守るために闘うってこと」
「どうだかな。あの頃の俺だと、自分可愛さに、ひとりで逃げていたかもしれない」
「そんなことないよ」
「いや、多分、そうだった。だが、それでも、きっと、そんな俺を許すんだと思う、あの女性ひとは──」

呟くようにそう言ってから、俺は微かに自嘲した。
そういうことを本気で言ってしまうところが、マザコンのマザコンたるゆえんなのかもしれない。
だが、俺が、“母親”というものが持つ、そういう“属性”に憧れているのは、否定しようのない事実だった。
その力が、俺は欲しい。

「俺は、おまえのそういうものになりたいんだ。おまえを偽善者にしているのは、俺だから。おまえは、俺のために闘って、俺のために生き延びていてくれる。そして、そのせいで、人のそしりを受けている」

その夢が叶わないことは知っている。
現実問題として、俺が瞬の母親になることが不可能だからではなく──瞬の母親でいるにはあまりにも、俺は独占欲が強すぎる。
それは、どう考えても“子供”の属性だろう。

「それは逆だよ。氷河がいてくれるから、僕が生きていられるんだ」
俺という人間のそんな属性を見透かしたように、だが、俺の夢を否定することもせずに、瞬はそう言って微笑んだ。






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