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アンドロメダ座β星第4惑星。
ゲゼルという名のその星が両性具有者の星だということは、氷河も知っていた。

資源は豊富だが、知的生命体の存在しない星。
地球はその星を発見した際に狂喜して、多くの移住者──と言っても、数百人規模の──を送り込み、そこを地球の殖民星とした。
殖民開始からおよそ400年後、今から約500年前、ゲゼル星は、平和裡に本星からの独立を勝ち取り、現在に至っている。

わずか1千年弱の短い期間で、雌雄の性を持っていた地球人の子孫が両性を併せ持つ者に変化したのは、人間が本来持っている進化の力の結果ではなく科学の力に依る。

ゲゼルは資源の豊富な星だった。
しかし、その星は地球から遠く、1千年前の科学力と当時の地球で調達できる資源だけでは次々にゲゼルに移民を送り込むというわけにはいかなかった。
今では半月もあれば誤差1時間内で安全かつ確実に訪問できるこの星に、当時は辿り着くだけで30年もの時間を要したのである。
しかも、その航海が必ず安全に行なわれるという確証はなかった。
当然、移住の志願者も少なく、この星に殖民した人間たちは、この星で人口を増やすしかなかったのである。

この星への初期の移住者は、そのほとんどが、果敢な決断力と健康な肉体を有した有能な科学者たちだった。
彼等は、彼等に続いてゲゼルに移住してきた人々に──特に男性に──積極的な生殖行為を奨励した。
古い宗教にある『生めよ、増やせよ、地に満てよ』を、神ではなく、殖民星の政府が人々に号令したのである。

その政策の最も大きな障害になったものが、人間の持つ“愛情”についての概念だった。
子供はもちろん、愛し合う両性の間に生まれ、彼等に愛育されることが望ましい。
しかし、人と人が一つのつがいを形成するためには、呆れるほど複雑な手順と長い時間を要する。

人は、この男(あるいは女)となら子を為してもいいと感じても、その行為に至るまでに、共に食事をし、贈り物を贈り合いながら、互いの心を探り合い、自分との相性を確認することを繰り返す。
あげく、羞恥心や拒絶を恐れる心のせいで、自分の意思を相手に伝えることをためらい、伝えた後には、自分の肉体が相手に幻滅を与えないかと要らぬことを考えて、子を為す行為を躊躇するのだ。

恋愛における人間の心の繊細な変化・触れ合い・交わりは、非常に大事なことではある。
人間と人間以外の動物を分けているものは、それであると言っても過言ではないほどに。
しかし、ゲゼルでは、それ以上に、『時間』が大事で貴重だった。
ゲゼル政府は、いずれ子を為す二人なら、来年よりは今年、その子を産んでほしかったのだ。

その目的を果たすためには、受胎が可能な者たちに、恋の恥じらいなどという優雅なもので、生殖行為をためらってもらっては困る。
かつまた、生殖可能な人間が、非生産性の極みともいうべき同性愛に執心する事態も防ぎたかった。

できうる限り人間の権利と感情と意思を尊重した上で、それらの障害を取り除くために、ゲゼル星の住民に為された“改善”が、肉体の両性具有化だったのである。






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