瞬がはっきりした理由を口にしないのなら、これは氷河当人に聞くしかない。
氷河のいれた不味いお茶に耐えられなかったらしい瞬が、泣きそうな顔になってティーカップと一緒に席を外したのを幸い、星矢は今度は氷河に向き直り、謎の究明に取り組み始めた。

それに対する氷河の返答は、
「今、俺は瞬に頭があがらない状態なんだ」
である。
それは、しかし、事実の報告にすぎない。
星矢が知りたいのは、そういうことになった経緯の方だった。

「なんでだよ」
「瞬に、ちょっとした弱みを握られて、脅迫されてる」
「脅迫?」
「世間にバラされたら、俺の身の破滅につながるようなことだ。瞬には逆らえない」
「…………」

星矢は、氷河のその返答をそのまま受け入れることができずに、顔を歪めた。
たとえ他人の弱みを握るようなことがあっても、瞬はそれを種にゆすりたかりを働くような人間ではない。
氷河の言葉が事実なのだとしたら、氷河が瞬に握られている弱みというのは、相当に特異なものであるに違いなかった。
が、星矢には、その特異な事情が思いつかなかったのである。

「バラされるとマズい弱みって、おまえ、何か悪事でも働いたのかよ? 道で拾った100円、交番に届けずにそのままネコババしたとか?」
星矢に思いつくのは、せいぜいその程度のことだった。
言った本人も馬鹿らしいと思ったが、それは星矢の横にいた紫龍も同様だったらしい。
飲むに堪えない鉄観音茶の入った湯呑みをテーブルの上に戻してから、紫龍は、氷河のいれたお茶以上に渋い顔で、彼の見解を口にした。
「さすがにそれはないだろう。瞬なら、交番に自首させる」
「んじゃ何なんだよ。この恥知らずの氷河が隠そうとするほどのことなんて、俺には見当もつかないぞ」

奇天烈なダンスで敵の度肝を抜き、哀れな敵が何が何だかわからずに混乱している隙に情け容赦のない攻撃をしてのける氷河は、いわば合理主義の信奉者である。
恥の文化を背負った日本人とは、根本的に価値観を異にするのだ。
たとえば、“恥ずかしい写真”などというものは、彼への脅迫の種にもならないと考えるべきだろう。

「相手が瞬というところがヒントだろうな。犯罪は犯罪でも親告罪の類なんじゃないか?」
そう言う紫龍は、何か心当たりがあるような顔だった。
星矢が、かくんと首をかしげる。
「親告罪って、被害者が告訴しなきゃ起訴できないって奴だろ。著作権侵害とか名誉毀損とか。氷河、おまえ、もしかして、瞬と自分の18禁エロパロ本でも出し──」
──と、言いかけたところで、星矢はふいに、もっとありえそうなことを思いついたのである。
そして、星矢は、自分の思いついたことを、一瞬のためらいもなく言葉にしてのけた。
「もしかして、あれか! 強姦罪! おまえ、瞬に無理矢理ナニかしたんだな!」

それ以外の原因は考えられないと言わんばかりにきっぱりと言い切った星矢を、紫龍が再度脇から遮ってくる。
「星矢。強姦罪は男女間でしか成立しない罪だ。男が男を襲った場合には傷害罪になって、これは親告罪じゃないから、瞬が黙っていても氷河は既に立派な犯罪者だということになる。10年以下の懲役または30万以下の罰金、だな」
「でも、傷害罪つっても、瞬の奴、怪我してるふうじゃなかったぜ?」
「なら、強制わいせつ罪だ。6ヶ月以上7年以下の懲役。こっちは親告罪だな」
「それだ! 決まり!」

紫龍の発言に即座に納得して、星矢が力強く頷く。
何が何でも仲間を犯罪者にしたいらしい星矢たちに、氷河は少々遅ればせではあったが、反論を開始した。
もっともそれは、己れの罪の軽減に、あまり役立ちそうにない反論だったが。

「俺は、ちゃんと手順を踏んだんだ」
と、氷河は言ったのである。
「手順?」
「そうとも。俺は、瞬の部屋のドアをノックして、入室の許可を貰ってから部屋の中に入り、それから、瞬に好きだと告白したあとで、瞬を押し倒した。面倒とは思ったが、礼を欠いて瞬の機嫌を損ねるのもマズいと思ったから、我ながら馬鹿らしいほど礼儀正しくコトに及んだのに、瞬の奴が──」
「…………」

それが傷害罪なのか強制わいせつ罪なのかはさておいて、星矢と紫龍は、氷河の自己弁護に呆れた顔になった。
彼等は呆れるしかなかったのである。
氷河の踏んだ手順は、とんでもなく重要なステップが抜け落ちた、まさに失策だった。

「氷河。おまえのその手順、『瞬の意思を確認する』が抜けているぞ」
紫龍が、疲れた口調で、仲間の重大な落ち度を指摘する。
氷河は、自分の手抜かりに初めて気付いたかのごとく、そして全く悪びれた様子もなく、むしろ謎が解けたことに浮かれた様子で、
「それでか! 瞬が急に俺にネビュラストームをかましてきたのは!」
と叫んだ。






【next】