氷河にかけられた術を解ける者を捜す手配をするために、沙織がその場を立ち去ると、氷河と瞬と沙織のやりとりを、それまで無意識のうちに緊張して見守っていた星矢と紫龍は、やっと肩から力を抜くことができたらしい。
ラウンジのソファの背もたれに身体を投げ出すようにして、星矢は大きな溜め息を洩らした。

「タチの悪い冗談か悪ふざけかと思ってたんだけど、氷河の奴、本気で8歳の頃に戻ってるんだな」
「沙織さんにあんなことを言えるとは、子供というのは実に偉大なものだ」
そして、残酷なまでに正直なもの──でもある。
瞬は、だが、氷河にそんなものでいてほしくなかった。

「氷河、今の沙織さんはね、あの頃の沙織さんとは違うよ。今はいい人。優しいし、僕たちのことを誰よりも気に掛けてくれてるし、氷河を元に戻せる人を捜してくれるって。だからもう、沙織さんにあんなこと言っちゃ駄目だよ」
「瞬は、あんな我儘娘とは違うぞ。瞬は優しくて大人しくて可愛いぞ」
「え?」

8歳の氷河は、瞬が必死になって沙織を弁護する訳が、まるでわからなかったらしい。
氷河は、瞬を責めたつもりはごうもなかったのだ。
瞬はもしかしたら自分が責められているのだと誤解したのかもしれない──と、氷河は考えたようだった。
「あ、可愛かった・・・──って言わなきゃならないのか。今はあの頃から何年も経ってて、瞬は大きくなったんだから」
8歳の氷河は、なかなか飲み込みが早い。
8歳の頃に戻ったのは その記憶だけで、彼の思考能力等は、案外従前のままなのかもしれなかった。

「大きいって……」
図体だけなら、たった今も瞬より氷河の方が大きいのである。
というより、その場にいる者たちの中でいちばん“大きい”のは氷河だった。
ゆえに、8歳の氷河のその言葉に、瞬は戸惑った。
そんな瞬をちらりと横目で見てから、星矢が氷河に賛同してみせる。

「そーだよなー。瞬は、昔も今も優しいし可愛いよなー」
「星矢まで、急に なに言い出したの」
「だから、氷河の世話頼むな」
「ど……どうして僕が!」
子供の正直な感想とは違って、“大人”の世辞には目的が隠されている。
その点では、星矢も、実はなかなかに大人だった。

「子供の世話は優しいオトナがするもんだろ。氷河も瞬がいいらしいし」
「城戸邸自体は、氷河が8歳だった頃と大して変わっていないから、生活面でどうこうということはないだろう。頼むぞ、瞬」
「紫龍まで、そんな……!」

“大人”というなら、もちろん紫龍もその通りである。
彼等は、優しく可愛いと決めつけることで、さっさと瞬を氷河の世話係に任命してしまったのだった。
瞬の異議申し立ては、当然却下される。

「いやー、しかし、あの催眠術番組、インチキじゃなかったんだなー」
面倒な役を瞬に押しつけると、星矢は、今更ながらに、そんなことをぼやいてみせたのだった。






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