今年のココミミック・マーケットは当然、これまでで最大規模のイベントになるでしょう。
実際、開催日まではまだ2ヶ月弱の時間があるというのに、首都の西の離宮にあるココミミック・マーケット準備会では、準備の予定が遅れに遅れ、上を下への大騒ぎになっているという報告が、王子たちの許に届けられていました。

派閥間でトラブルが起きる可能性も、ココミミック・マーケット史上最大なのに違いありません。
派閥間の溝は、それが実体を伴わず、国民たちの脳内に存在するものだからこそ、容易に消し去ることのできない厄介なものなのでした。

かてて加えて、発行される本も桁外れ。
イベント後には、二人の王子が反目し合っている内容の本が、うんざりするほど大量に王宮に届けられることになるでしょう。
去年も、氷河王子と瞬王子は、山と積まれた献上本の整理に、イベント後1ヶ月ほどの時間を費やしました。

そんな不愉快な内容の本なら見なければいいのにと思う向きもあるでしょうが、そこが切ない男心。
これだけの本があるのだから、中には1冊くらい、氷瞬仲良し本があるのではないかと期待して、氷河王子と瞬王子は、ついついすべての本に目を通してしまうのです。
去年は、その探索は徒労に終わりましたけれど。
ただの1冊も、氷河王子と瞬王子が仲良し設定の本はありませんでしたけれど。

──もう一度繰り返します。
氷河王子と瞬王子は、公的な場ではもちろん、私的な場でも相争ったことはただの一度もないのです。
けれど、オロシヤ国の国民たちは、公の場で和やかに接している二人の王子の姿を見ると、その様子を、二人の王子が胸中のライバル心を押し隠し、場を取り繕っている姿だと、脳内変換してしまうようでした。
ですから、たとえ国中に氷河王子と瞬王子のらぶらぶえっちビデオをバラまいたとしても、現実を見ようとしない──むしろ、見たくない国民たちは、そんなものは見なかったことにしてしまうに違いありませんでした。
望んでいないものは──望んでいない人の目には見えないのものなのです。

我慢しようと言ったばかりなのに──ココミミック・マーケット開催のことを思いだした瞬王子は、途端にしょんぼり。
瞬王子は、両の肩を落として、寂しげに呟きました。
「本当は、僕と氷河、こんなに仲良しなのにね」
“仲良し”どころではありません。
ほもです。

まあ、それはともかく、瞬王子の寂しげな呟きは、氷河王子の胸を打ちました。
本当の本音を言いますと、実は、氷河王子は、例の不愉快な献上本のことさえなかったら、根も葉も根拠も実体も何もない派閥などどうでもいいと思っていました。
妄想と思い込みからできた派閥などどうでもいい──というか、そんなものは存在しないも同然だと思っていました。

氷河王子は、ただ自分の目の前に現れるマンガ本や小説本が不愉快なだけでした。
自分たちの名を冠した派閥という幻影のために怪我人が出ることが、不本意なだけでした。
屁のごとき存在である派閥や派閥の動向など、氷河王子は本当はどうでもよかったのです。

けれど、その実体も何もない、ただの妄想から生まれた派閥という化け物が、瞬王子を悲しませているとなったら話は別です。
氷河王子は、瞬王子のために、今年こそはあのイベントをどうにかしたい、何とかしてやりたいと思いました。
それが、自分の義務だとも思ったのです。






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