「僕たち、結局、国民のおもちゃにされていただけだったのかも……。あんなに、僕と氷河の反目を信じてた人たちが、こんなに簡単に変わっちゃうなんて……」
ココミミック・マーケットから1ヶ月。
王宮の大会議場のテーブルに積まれた氷瞬らぶらぶ献上本の山を見て、瞬王子は呟きました。

ココミミック・マーケット開催以前の派閥勢力図は、今では何の役にも立ちません。
現在のオロシヤ国は、『氷瞬らぶらぶ派でなければ人に非ず』というような状況になってしまっていました。

オロシヤ国全体が突然氷瞬らぶらぶオンリー一色に染まってしまったことを、けれど、瞬王子は素直に喜ぶことができませんでした。
むしろ、瞬王子は、全体主義国家のような今のオロシヤ国の状況が、ひどく怖かったのです。
もちろん、派閥という根拠のない幻影を本気で信じ、自ら見えない壁を築くことは、とても危険なことですが、それをただの幻影と承知の上で楽しむ分には、様々な趣味嗜好が混在する状態の方が健全なことのような気がしたのです。
人の考えていることが、すべて同じだなんて、それはとても気持ち悪いことですしね。

「そうだな……。大事なのは、派閥の勢力がどうこうということじゃなく、俺がおまえを好きで、おまえも俺を好きでいるということだ。本当は俺は、派閥なんて実体のないものはどうでもよかった。ただ、俺は──」

氷河王子は、事実と違う風聞や、国民が二人の王子の反目を望んでいるという状況のせいで、瞬王子の心が傷付けられる様を見たくなかったのです。
氷河王子自身が、どこぞの近衛隊隊長と瞬王子のえっち本や、どこぞの伯爵と瞬王子のらぶらぶ本にムカついていたせいもありましたけれど。

もちろん、瞬王子は、氷河王子が誰のためにあんな恥ずかしい本を発行してのけたのかを、ちゃんと知っていました。
「ありがとう、氷河」
瞬王子は、氷河王子のその心がとても嬉しく、また、深く感謝してもいたのです。

「これからは……そうだね。僕たち、もう少し毅然としていようよ。僕と氷河のこと、どういう目で見る人がいても、僕たちが毅然としていれば、きっと、僕と氷河が反目し合ってたりなんかしないっていう事実は認めてもらえるようになると思うんだ。僕と氷河が反目し合ってるって決めつけられることはつらかったけど、僕と氷河は仲良くしてなきゃいけないっていう決めつけも、結局は別の派閥を生むだけみたいだもの」
「まあ、人は誰もが一人で立っていられるほど強くもなければ自信家でもないから──徒党を組まずにいると不安なんだろうな」

ひとりでいることは、多分とてもつらいこと。
氷河王子には瞬王子がいて、瞬王子には氷河王子がいて、ですから二人の王子様はそんな孤独を知りませんでしたが、もし自分がひとりぽっちだったなら──と考えると、どこかの派閥に属して安心したいと願う者たちの気持ちもわからないではありませんでした。
そういう人間は、実体のない幻影でも構わないから 何らかのよりどころが欲しいと思うものなのかもしれません。

そんなふうに寂しい人たちの集まりが、他の寂しい人たちの集まりに、時に排他的になったり好戦的になったりすることがあるから、『派閥』という言葉はあまり良い響きを持っていないのでしょう。
それさえなかったら、『派閥』はただの仲良しグループなのです。

「僕はきっと、とっても恵まれてるんだね。僕と氷河が仲良しだってことを、氷河以外の誰も信じてくれなかった時にも、僕は、つらいと思うことはあっても、寂しくはなかったもの」
“仲良し”どころではありません。
ほもです。

それはともかくとして、瞬王子が『氷河がいてくれれば寂しくない』と思ってくれていることを知らされて、氷河王子は大層良い気分になりました。
何といっても、氷河王子自身がそうでしたからね。

要するに結論はそういうこと。

「愛してるぞ、瞬」
瞬王子は、氷河王子のその言葉があれば、他には何もいらなかったのです。

誰にどういう目で見られようと、誰にどう思われようと、そして、誰に何を言われようと。
瞬王子は、氷河王子のその言葉を信じることができましたから。






Fin.






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