「実の子でもないおまえに、私たちがこんなことを頼む権利はないことはわかっている。だが、去年の飢饉は私の領地には過酷すぎた。私は借金だらけで、私の領民たちは飢えている。……おまえがヴィルボア公爵家に行ってくれれば、公爵からの援助が望めるんだ。公爵がおまえのために提示した支度金は、全領民を一冬養えるだけの小麦や肉が買える額だ。その金があれば、領民たちは餓死せずに済む。そして、逆らえば、おそらく相応の報復が──」

ただの使用人の雇用に、それほど多額の支度金を出してくれる者などいるはずがない。
公爵の目的は──やはり、そういうことなのだろう。

「孤児だった僕を拾いあげて育ててくださったご恩を忘れたことはないです」
「シュン、私はそんなつもりで……」
そんなつもりでおまえを育ててきたのではないと、シュンの養父は言おうとしたのだったかもしれない。
が、彼は、その言葉を口にはしなかった。
言えなかったのだろう。
どんな綺麗事を言っても、現実はこう・・なのだから。

「それに──」
いつまでも自分がここにいたら養父母に迷惑がかかることがあるかもしれない──と言おうとして、シュンもまた、その言葉を口にすることはできなかった。
どこの馬の骨とも知れない幼子をここまで育ててくれた養父母にも隠してきたこと──を、今になって知らせることもあるまいと、シュンは思った。

「行きます。僕、その……公爵様のところに」
「すまない。私たちは、決してそんなつもりでおまえを育ててきたのではないのだが」
シュンの養父が、結局その言葉を口にしたのは、弁解のためではなく──おそらく、自分の無力を責めるためだったろう。
シュンは、善良で、それ故に貧しい養父母たちを責める気にはならなかったが。

「わかってます。僕は領民たちを救いたいから、だから僕の意思で行くんです。ただ、あの、もし兄さんが帰ってきたら、それだけは必ず知らせてください」
シュンには、幼い頃に、共にこの家に拾われ引き取られた兄が一人いた。
彼は、数年前に、行く先も告げずにこの家を出ている。
おそらく、この貧しい家の食い扶持を減らすためだったのだろう。
シュンには何も告げずに、養父母には、弟をくれぐれも頼むと言い置いて、出ていったという話だった。

「あれが帰ってきたら、すぐにでも知らせを──いや、自分で行くと言い出すかもしれないな。その件は、間違いないように手配する。──公爵様は、若くて見目麗しい貴公子だという話だ。案外、綺麗な小姓をひとりコレクションに加えて、目の保養をしたいだけなのかもしれない。金持ちというのは気紛れで、そんなことにも平気で大金を出すものだからな」
「はい」

楽観的な言葉は、シュンの気休めになればと考えてのものだったろう。
養父母の良心を慰めるために、シュンはその言葉に微笑んで頷いた。






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