「僕は、ずっと自分の不思議な力が怖かった。人に知られたら、化け物と思われるんじゃないかと思って、いつもびくびく怯えていた。この力が誰かの役に立つのなら、僕は嬉しい。そうなったら、きっと生まれてきてよかったって思えると思う」

ヒョウガは大貴族の家に生まれ、何不自由のない暮らしを当然のこととして生きてきた。
しかし、シュンはそうではなかった。
貧しく力のない小貴族の家で育ち、貧しく力のないことがどういうことなのかを、身に染みて知っている。

そのシュンにとって最も恐ろしいことは、だが、貧しいことの苦しみよりも“虚無”だった。
自分の存在が無意味なこと、誰の役にも立てないこと──の方が、シュンは恐ろしかったのである。
だから、養父母や領民のためにヒョウガの許に買われてきたことすら、シュンにはさほどの不幸ではなかったのだ。

「あの……ヒョウガに会えた時にも、そう思ったけど……」
「シュン……」
自分の存在がヒョウガの心を潤すことに役立つのなら、それはもちろん嬉しい。
だが、自分が、ヒョウガひとりだけではなく、より多くの人々の力になれるのなら、シュンにはそれはもっと嬉しいことだったのだ。

「ま……まあ、俺が聖闘士なんてやってられるかと思ったのは、この女がそう言ってきたのが、ちょうどおまえに出会ったばかりの時で、どうすればおまえを手に入れられるかということにばかり気をとられていて、この女の勝手な言い草を真面目に取り合う気にならなかっただけのことだったんだが……」

ヒョウガが弁解がましく そう言ったのは、本当は、シュンの愛他主義に心を動かされたからではなかった。
我が身のことだけを考える卑しい男とシュンに軽蔑されることを、彼は回避しようとしたのである。
ヒョウガは、そんな事態だけは絶対に避けなければならなかったのだ。

そして、
「俺たちは、それに付き合っただけだもんなー。自分だけ、呪いを免れるのも友達甲斐がないしさ」
「同じく」
「俺は、単なる巻き添えだ!」
セーヤとシリュウとイッキが口にしたそれは、シュンの前で自分を飾るための言葉ではなく、ただの本音だったろう。
彼等は、聖闘士稼業に身を投じることに、乗り気でないわけでもないらしい。

なにしろ、熱烈な恋でもしていない限り、領地のあがりを待っていればいいだけの何不自由ない貴族の生活は、うんざりするほど退屈なものなのである。
苦難よりも虚無を怖れる気持ちは、金持ちでも貧しい者でも大した差異はない。

「シュンと一緒にいられるのなら、俺は聖闘士にでもサンタクロースにでもなるぞ! 俺の人生の目的は、俺の手でシュンを幸せにすることだ!」
要するに、人間が生きていくためには、“目的”が必要なのだ。

「シュンは聖闘士になるって言ってるんだから、あなたも聖闘士になればいいわ。いつもシュンと一緒にいられる上に、呪いも解けて、一石二鳥よ」
思わぬ方向に事態が転がっていくことを喜んで、アテナが嬉しそうに勧誘を始める。

イッキが、
「俺の人生の目的は、そういう毒牙からシュンを守ることだ」
と言うと、アテナは、これまたにこにこ笑って、
「聖闘士になれば、ただの人間でいるよりずっと強い力を持つことができて、悪者の撃退もしやすくなるわ」
と、彼を誘う。
ヒョウガへの勧誘の言葉とイッキへのそれは、微妙な矛盾をはらんでいたのだが、アテナはそんな些細なことは気にかけない。

「俺は、毎日何か事件が起こって退屈せずに済むのなら、それがいちばんだなー。リューリク家のお家騒動鎮圧は、すっげー楽しかった!」
というのが、セーヤの希望。

「聖闘士になれば、いろんな事件が向こうからやってくるから、退屈している暇なんてなくなるわ」
アテナはセーヤに太鼓判を押した。

「そういうおまえらを見張ることが、俺の人生の目的──いや、使命だ。正義のためなんて言って、おまえらは何をしでかすかわからんからな」
シリュウの言う『おまえら』の中にはアテナも含まれていたのだが、彼女はそんなことには気付いた様子もなく、
「なら、同じ仕事につかなくちゃ!」
と意気込んだ。

価値観の異なる多くの者を導く統率者には、瑣末なことにこだわらない大らかさと、何より“乗り”が大事なのである。






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