苛立ちを覚えるくらい、今 僕たちの上にある空は青く澄んで晴れている。
殺生谷では白い雪が舞っていた。
あの時から今まで長い時間を耐えてきて、やっと手に入れた晴れた空が、こんなにやるせないものだなんて!

「氷河、どうしてあんなこと言うの」
城戸邸の庭の奥まった場所の、ひときわ鮮やかな緑をたくわえた木の前で、僕は立ち止まった。
ここなら誰も来ないだろうし、切ない青空も緑に遮られてあまり見えない。
僕が全身を緊張させて尋ねると、氷河は僕とは対照的に何だか気のない調子で、至極あっさりした答えを僕に返してきた。

「言った通りだ」
あっさりしすぎるほどにあっさりした氷河の返事を聞いて、僕の頭に少し血がのぼる。
「僕は、兄さんが側にいてくれた方が嬉しいし、星矢たちだって、兄さんが仲間に加わることを認めてくれたし、沙織さんも許してくれた。氷河だって、喜んでくれたみたいだったのに……!」
期待していた反応が得られないと、人はかえって血気に逸るものらしい。
気負い込んで言い募った僕に、でも、氷河の反応はやっぱりひどく薄いものだったけど。

「喜んで……?」
氷河は僕の言葉を、一瞬の微苦笑で遮った。
それから、まるで僕を馬鹿にしてるみたいに軽く顎をしゃくる。
「そうだな。生きる張り合いが戻ってきてくれたと、喜んだかもしれない。あの時には、毎日奴と顔を合わせていることがこんなに鬱陶しいことだとは思わなかったからな」

「…………」
僕は言葉を失った。
氷河がそんなふうに考え、そんなふうに感じていたなんて、そんなこと、僕はこれまで一度も──想像したことさえなかった。

「氷河は……兄さんが嫌いなの?」
僕は本当はそんなこと訊きたくなかった。
でも、その訊きたくないことを、僕は思い切って氷河に訊いてみた。

そう尋ねるために、僕はものすごい勇気を振り絞ったけど、実際に氷河に兄さんを嫌いだと言われても、僕はあんまり驚かなかったかもしれない。
氷河にとって兄さんは、あの殺生谷で、一度は倒され、倒した相手だもの。
それに兄さんは……氷河のマーマを侮辱した。
氷河に、兄さんに対して憎悪を抱くなと望む方が無理なのかもしれない。
でも、氷河は、兄さんと一度は命のやりとりをしたことも、兄さんが氷河のマーマを侮辱したことも、すべてを水に流してくれたように見えてたから、僕は安心してたんだ。

「兄さんに、お母さんのこと侮辱されたのが許せないの?」
殺生谷の雪の中で、兄さんは、幻魔拳で、氷河にいったいどんな悪夢を見せたんだろう?
あの時、自分が存在する現実こそが悪夢だった僕には、そんなことを考える余裕はなかった。
その後も、自分が失ったものだけに気をとられ、氷河の心の傷を癒すための行動を起こすことさえ──ううん、その必要があるかもしれないと考えることさえしなかった。
星矢や氷河は──たとえそれが真情とは異なっていたにしても、僕を慰め励ましてくれたのに。

自分の未熟を苦く後悔していた僕が氷河から受け取った答えは、でも、更に思いがけないものだった。
「あのことがある前から、俺はずっと、いつか一輝に復讐してやろうと思っていたさ」
氷河はそう言ったんだ。
こともなげに。

「復讐? ずっと?」
『ずっと』というのは、いつから始まった時間なんだろう?
殺生谷以前に氷河が兄さんとまともなやりとりをしたのは、多分、僕たちが修行地に送られる以前──ということになると思う。
まさか、そんな以前から──そんな子供の頃から──氷河が兄さんに恨みを抱いていたはずがない。
……殺生谷でのことが氷河の復讐の原因でないのなら、そもそもいったいどうして氷河は、兄さんに復讐したいなんてことを考え始めたんだろう。

「どうして! 兄さんが氷河に復讐されなきゃならないような何をしたっていうの!」
僕は叫ぶように──ううん、実際に叫んだ。
叫んで氷河を責めていた。
問い質したんじゃない。僕は責めていた。
だって、殺生谷以前の何かが氷河の復讐心の原因だっていうのなら、それは、子供の悪意のない戯れ事が原因にすぎないっていうことのはずだもの。

そして、それは、その通りだった。






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