「彼は、夢を見ることに慎重すぎて臆病すぎるのかな……? 彼の考えることはわからないでもないけど、最初からこれは叶うから夢見てもいい、叶わないから夢見ちゃ駄目なんて言われたら、人は夢見ること自体ができなくなっちゃうよね。夢のために自分がしてることを無意味なのかもしれないって考えるのはつらい。生きている意味を見失う。夢を見なきゃ、その夢に挫折することもなくて、傷付かずに済むかもしれないけど……僕はもっと夢を見させてほしいって思う。夢見てることは楽しいもの」

瞬と氷河のせいで、アルベリッヒはその日ずっといらいらしていた。
馬鹿の相手はしない方が利口だと考えて、与えられた部屋の中に引きこもっていたのだが、それでも胸中の苛立ちは収まらない。

「夢って、叶わなくても──夢見ていられることが幸せで、そのために努力できることが幸せで……努力できたことが幸せなことだよね」

部屋を出てラウンジの前にくると、扉の向こうでにっくきアテナの聖闘士たちが性懲りもなく夢を語っている声が聞こえてきた。

「何を言ってるんだ? 夢は叶えるためにあるものだぞ。俺たちは俺たちの夢を必ず叶える」
能天気としか思えないその言葉を、もしかしたらアテナの聖闘士たちは、叶わぬ夢が存在することを知った上で言っているのかもしれない──と、アルベリッヒは初めて思ったのである。
終わらない闘いの中で、夢に挫折する機会は、幾らでもあったはずなのだ。アテナの聖闘士たちには。

「うん……うん、そうだね」
閉じられた扉の向こうで、アンドロメダ座の聖闘士は、仲間の言葉に頷いたらしい。

「僕が氷河を好きになったのは、氷河といると夢を叶えられるような気持ちになるからだよ、きっと。氷河は僕に素敵な夢を見せてくれるから」
「あいつに言わせると、俺たちは、叶わぬ夢を夢見ている馬鹿者ということになるらしいが」
「僕たちに、夢の実現を邪魔されたと思ってるのかなぁ……。彼の夢も、本当は素敵な夢なんだと思うんだけど」
「世界征服がか?」

そんな夢を夢見る方がよほど荒唐無稽だと、白鳥座の聖闘士は思っているのかもしれない。
事実、そうなのだろう──そうだったのだろう。
アルベリッヒも、今なら──夢から醒めた今なら──そう思うことができた。

しかし、その荒唐無稽な夢ですら、アテナの聖闘士たちが夢見る“地上の平和”という夢よりはよほど実現の可能性のある夢だ──とも思う。
世界を手中に収めることは、そうしようと思えば、他人を動かすことをせずに一人でできることだが、アテナの聖闘士たちの夢はそうはいかない。
彼等の夢を実現するためには、人類の総意が必要なのだ。






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