White Christmas






時は、12月24日より数日前に遡る。
その日、氷河は朝から不機嫌だった。

夕べ瞬の前でとんでもない失態を演じでもしたのかと、星矢と紫龍は勘繰ったのだが、どうやら氷河はそれはいつも通りにつつがなく完遂したらしい。
氷河の不機嫌の原因は、コトのあとの瞬とのピロートークにあったようだった。

「クリスマスがどういう日なのか、瞬はわかってないんだ!」
氷河が、瞬のいない城戸邸ラウンジに怒声を響かせる。

「どっかのおっさんの誕生日だろ。それくらい瞬も知って──」
星矢が口にしかけた ごくごく真っ当な意見は、すぐに憤怒の表情の氷河によって遮られた。
「クリスマスってのは、いつもより1ランク上のホテルをとって、いつもより盛大にあれをする日だろう!」
「…………」

氷河は絶対にクリスチャンではない。
氷河の断固とした主張を聞いた星矢と紫龍は、まずそれを確信した。
それから、彼等は、時代を10年は遡っているような氷河のクリスマスのイメージに呆れ、最後に氷河自身に呆れた。

もっとも、氷河当人にしてみれば、他人が自分をどう思おうと──呆れようが蔑もうが──それこそ、どうでもいいことだったろう。
彼は今、それどころではない大問題を抱えていたのだ。

「だというのに、瞬の奴、今年のクリスマスはどこにも行かずに、どこぞの教会のミサに出て、帰宅後はここで静かに過ごさないかと言ってきた。俺は既に瞬のために準備万端整えたあとだっていうのに!」
「──準備万端って、どっかのホテルの部屋でもとったのかよ?」
「もちろん。サンクチュアリベイホテルのインペリアル・スイート。一晩50万の部屋を確保済みだ」

普段は横着で無計画で、『根回し』などという単語とは縁のない生活をしているくせに、こういうことだけは抜かりがない。
星矢は心底から嫌そうに顔を歪めた。

「瞬は、それが嫌なんじゃねーの? どうせ、その金、沙織さんを騙くらかして巻き上げた金なんだろ?」
「下種な憶測でものを言うのはやめろ。瞬と過ごすクリスマスのためだぞ。俺は自分で稼いだ」
「どこぞの有閑マダムでも引っ掛けたのか? 瞬が怒るのも当然だな」
それ以外に氷河に能はないと信じている口調で、紫龍が断じる。
が、氷河の収入源は意外にマトモな労働によって得られた──もとい、得られる予定になっている──もののようだった。

「12月22日から25日まで、あのホテルの敷地内に雪を降らせる仕事を請け負ったんだ。へたな降雪機械を持ち出すより安上がりだし、機械の故障を心配する必要もないし、俺はちゃんと空から降ってるように演出できるからな」
そう言って、氷河が、B5サイズの一枚の紙を星矢たちの前でひらつかせる。
それは、噂のサンクチュアリベイホテルのクリスマスプランを記したリーフレットだった。
氷河はどうやら、仲間たちにその手の疑惑をかけられることを事前に察知していたらしい。

氷河が取り出したリーフレットには、『サンクチュアリベイホテルで夢に見たホワイトクリスマス。ときめきときらめきの白い幻想プラン』云々という装飾過多の飾り文字が躍っており、合成とおぼしき雪の中のホテルの写真の下の説明書きには、12月22日、23日,24日、25日のそれぞれ、5時、11時、16時、20時、22時、24時に、15分間、空から雪を降らせる趣向の旨が記されていた。

15分×6回×4日の合計 6時間の労働に一泊50万の部屋を提供しようというのなら、ホテル側もなかなかに太っ腹である。
現実社会というものが、氷河のように非常識な人間にこんなに甘くていいのかと、そのリーフレットを読んだ星矢は少しばかり──否、大いに──腹が立ってきてしまったのである。






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