第二の遺伝子





言葉は、ヒトの“第二の遺伝子”である。
言葉を操り、仲間とのコミュニケーションを図ることで、ヒトは経験や知識を次世代に伝え、より効率的に食料を確保することができるようになった。
言葉によって、ヒトは、遺伝子の突然変異という方法にらず、確実に進化する手段を手に入れたのである。


──という番組を見て、瞬はいたく感じ入ったらしい。

人類に未曾有の発展をもたらした“言葉”は、使い方を間違えれば、人類を破滅に至らせる可能性をも潜み持つ諸刃の剣。
人は、この第二の遺伝子・言葉の使い方を間違えてはならないのだ──。


DVDに録っていたその番組の再観賞に氷河を付き合わせていた瞬は、そのエンディング・ナレーションに深く頷いたあとで、氷河に言った。
「つまり、言葉を巧みに操れる人が、人間の進化の最先端をいってるってことだよね。詩人とか」

瞬の言葉を受けて、氷河は即座に答えた。
「俺が惚れた人間は、後にも先にもおまえだけだ」
「え?」
会話が噛み合っていないような気がする。──否、確かに噛み合っていない。
瞬は、氷河が何を言わんとしているのかを理解できず、こころもち首を右に傾けた。
氷河が、瞬に説明を求められる前に、説明を始める。

「この界隈で詩人と言えば、おまえの兄だ」
「あ、うん……」
一輝は“詩人”ではなく“ポエマー”と呼ばれているようだったが、兄のそういう風評は、瞬も知っていた。
知っていたので、瞬はとりあえず、氷河の言葉に頷いた。

「おまえの兄がそう呼ばれるようになったのは、ひとえに、殺生谷でのあのフレーズのせいだ」
「『雪よ、俺の血塗られた過去を白く染め替えてくれ』……?」
瞬が、ポエマーとしての一輝の名を一躍有名にした名フレーズを、さすがに気恥ずかしそうに口にする。
それが口にするのも恥ずかしい、いわゆるクサいフレーズだという認識は、瞬にもあるらしい。
氷河は、瞬の正常な判断力を嬉しく思い、また安堵もして頷いた。

「だが、俺には、そんなポエムを作ることはできない。俺は、雪の助けがいるような過ちを過去に犯したことのない清廉潔白居士。無論、おまえ一筋で浮気もしたことはない。疑われるのは心外だ」
──そして、振りだしという結論、『俺が惚れた人間は、後にも先にもおまえだけだ』に戻る(至る)。

そこまで言われてやっと、氷河の先走った誤解に気付いた瞬は、慌てて彼の誤解を正そうとした。
「そんなんじゃないってば。氷河を疑って懺悔しろなんて言ったわけじゃないの。ただ僕は──」
「おまえは?」
「氷河が僕に素敵な詩を作ってくれたらいいなあって思っただけ」
「それだけか」
「うん、それだけ」
「…………」

瞬の表情を見る限り、その言葉には嘘も裏もないようだった。
瞬に過去の所業を探られているのだと思い、身構えていた氷河の気が抜ける。
が、氷河はすぐに、新たな緊張をその身にまとうことになった。



■注■ 
『ポエマー』などという言葉はこの世に存在しない。詩人は英語で『 poet 』。
『ポエマー』は聖闘士星矢用語である。



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