ところで。 できないことをできないと言うのは、極めて容易なことである。 ごく稀に、おかしなプライドに邪魔されて、そんな容易なことすらできない人間も この世には存在するようだが、それはあくまで稀少な例外である。 基本的に、それは、誰にでも──2歳の子供にでも──できる簡単なことなのだ。 簡単なことをするのは、あまり格好の良いことではない(と、氷河は思っていた)。 それは決して無様なことではないのだが、ことさら人に褒められるようなことでもない。 今この場に限っていうならば、瞬が感嘆するほどの詩を作り、その上で、詩作など無意味と言い放ってこそ、格好がつくというものである。 そして、氷河は、瞬の前では常に格好の良い男でいたかった。 そういうわけで、彼は瞬に言ったのである。 「おまえは詩の何たるかがわかっていないんだ」 「え?」 「詩なんて誰にでも作れる。一輝にでも作れるんだからな。詩が作れたって、それは威張れるようなことでもなければ、誇れるようなことでもない。たとえば──」 そう言って氷河は、彼と瞬が並んで腰をおろしていた長椅子の脇にあったラックの中から、1冊の雑誌をとりあげた。 「これでもいいか」 氷河が瞬にその雑誌の裏表紙を指し示す。 そこには、半月ほど前に“納豆汁チップス”なる食品に肝心の納豆を入れ忘れるという不祥事をしでかした某食品会社の謝罪文が、納豆汁チップスのパッケージ写真と共に掲載されていた。 ちなみに、その謝罪文は以下の通り。
「俺の詩才文才をもってすれば、こんなつまらんものを詩にするのも、赤子の手をひねるより簡単だ」 「これを……詩にできるの?」 自信満々で奇妙奇天烈なことを言いだした氷河に、瞬が瞳を見開く。 そして、その瞬の前で、氷河は実際に、その謝罪文を“詩”に変換してのけたのだった。 |