ある日──それが、氷河の死からまもなくのことだったか、氷河の死後 気が遠くなるほど長い月日が過ぎてからだったのかすら、わからない──僕は、瓦礫に貼りつくようにして咲いているイワツメクサの白く小さな花を見つけた。
荒れ果て痩せた土地で、それでも太陽と雨の恩寵を受け、必死に咲いているその花を見詰めているうちに、僕はやっと気付いた。

僕が生きていた時、氷河が生きていた時、僕が死んでいる今も氷河が死んでしまった今も、氷河がこの花を咲かせるために降り注ぐ雨と陽光のように僕を思っていてくれることは、僕にもわかっている。
そのことを信じていられるから、僕の心は活動し生き続ける。
氷河が僕を生かし迷わせているんだ。ううん、僕は、勝手に氷河のせいで迷っている。
肉体が生きているか死んでいるかは、僕の迷いには無関係だ。

僕が生き返ったのは、肉体にって氷河と愛し合うため、僕が氷河を愛していることを氷河に知らせるため、自分が叶えることのできなかった数多くの夢にもう一度挑むためだった。
自分の身体が生きているうちに、叶わないまでも、自分の夢のために全ての力を尽くしたという確信を持てていれば、僕は蘇ったりしなかったんだ。

「氷河……」
目を閉じると、その闇の中に、白く淡い光をまとって現れた氷河が僕を抱きしめてくれた。

そして僕は──僕も、氷河の心を抱きしめ、包み込んだ。
生きる目的と死ぬ目的、その二つを備えた存在の何という優しさ、暖かさ。
僕は、その頂点に至りたかったんだ、ずっと。
だけど、僕は、それがどこにあるのかさえわからずにいた。
それはいつも僕の中にあったのに、それが無限の存在だったから、僕は最後の到達点を見極められずに迷い続けた。

僕を抱きしめる氷河は無限の存在で、終わりなど有していない。
氷河を抱きしめている僕もまた無限のものであり、終わりも限界も有していない。
その思いは、永遠に拡大し膨張し拡散し続けるものなんだ。

人の身体が死んでしまっても──僕が死んでしまっても、この世界を、この世界に住む人々と住んでいた人々を愛し続ける僕の心に終わりはこない。
だから。

だから、僕は、僕自身の本当の死を決意した。
そして、僕という命を生んでくれた自然に感謝し、生きていることは素晴らしい、と思った。






Fin.






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