「瞬、おまえは嫌じゃないのか」
それまで仲間たちのやりとりを微笑して聞いているばかりだった瞬に、ふいに尋ねたのは紫龍だった。
実は、それは、その場にいた誰もが瞬に確かめてみたいと思っていたことだった。

AI、クローン、人工生命、そして命の定義。
それらは現代社会に生きていれば、誰もが一度は触れる機会のある問題である。
オリジナルとコピーの確執は小説や映画ではよく見掛けるテーマであるし、生命倫理委員会等でクローン作成が問題とされるのは、人間はどれほどささやかな存在でも、己れが世界に唯一無二のものだという事実に自らの存在意義を託して生きている生き物だからである。
まして瞬は、体細胞などという形而下のものではなく、記憶や行動パターンという、生きて泣き笑いしながら培ってきた成果を、機械にコピーされたのだ。
そこに戸惑いやジレンマは生まれないのかと、瞬の仲間たちは懸念していたのである。

が、紫龍の問いに対する瞬の答えは、案外に落ち着いたものだった。
「ちょっと複雑な心境ではあるんだけど、僕自身を客観視できるのはなかなか面白いし――」

小犬のシュンは人間の瞬に対して、決して反抗的ではなかったが、氷河や星矢に対するほどには積極的に友好的でもない。
瞬は、そんなシュンを――自分自身でもあるはずのシュンを――極めて冷静に見詰め、言った。
「今、何かの事故や闘いで僕が死んでも、しばらくは──ううん、もしかしたら永遠にだって、この子がみんなの側にいてくれるんだって思うと、むしろ嬉しい」

もしかしたら、シュンのAIへの瞬のデータ移植は、沙織の要請を受けてのことではなく、沙織の趣味などでは更になく、瞬自身の希望だったのではないかと、氷河はその時初めて思い至ったのである。
当然、氷河は、全くいい気はしなかった。
自らの生にいつかは終わりの時が訪れることを自覚して生きることは意義のあることではあるが、
明日死んでもいいと思って生きることと、明日も自分の生が続くことを前提に生きることでは、生の内容が違ってくる。

「縁起でもないことを言うな。犬は犬、機械は機械に過ぎない。中身だって、数ヶ月前のおまえだろう。今のおまえとは既に別物だ」
氷河が本気で立腹しかけていることに気付いた星矢が、場を執り成すように茶々を入れる。
「アレもできないしなー」

瞬はそれには何も答えず、氷河の足許でぱたぱたと尻尾を振っている己れのコピーを見やり、
「僕自身より、素直で正直みたい」
と、小さく呟いた。





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