僕をさがしに






「人間は、本当は今の倍の大きさがあって、手足も今の倍の数あったんだって。でも、そのせいで傲慢になったから、オリュンポスの大神ゼウスが怒って、人間を真っ二つに切断してしまったんだって」
僕がみんなにそんなことを話し出したのは、その話を信じていたからじゃなかった。
それが、昔の分別のある大人が作ったおとぎ話だってことはわかってる。

でも、
「本来の姿が二つに断ち切られてしまった人間は、だから、みんな それぞれ自分の半身を探し求めてるんだって」
――っていうのは、ちょっとロマンチックだよね。
僕は決して運命論者じゃないと思うけど、世界のどこかに自分と一対になる魂の半分ベターハーフがいて、その人に巡り会えたなら完全な自分になることができる――っていうのは、とても素敵な夢だと思う。

「アリストパネスの珍説か? 自分の半身を見付けた人間は、互いに一身同体になろうと熱望し、互いから離れては何一つしようという気になれなくて死んでいったんだろう」
からかうような微笑を浮かべて、紫龍が僕の話の元ネタを披露する。

そう、確かにそれは愉快な珍説だけど、深い示唆を含んだ寓話でもあると、僕は思うんだ。
だから僕は、紫龍に頷きつつも、僕の決意をみんなに告げた。
「そんなふうになっちゃうかどうかはわからないけど、僕は僕の半分を見付ける旅に出ようと思ってる」

インクがペンに出会って初めて自分が何のために存在するのかを知るように、椅子が人に腰掛けられて初めて自分の形の意味を理解するみたいに――もし僕が僕の半分に出会えたら、僕が何のために生まれてきて、何のために闘っているのかがわかるような気がするから。
そして、僕の半身に巡り会って完全な僕になれた僕なら、みんなのためになる何かができるような気がするから――。
僕はそう考えてたんだけど、僕のその決意は、僕の仲間たちにはあんまり歓迎されなかったみたいだった。

「自分は何ものなのか。どこから来て、何のために生き、どこへ行くのか。その手のことを考えすぎると、人は気が狂うものと相場が決まっているぞ」
紫龍は、少し渋い顔でそう言った。

「おまえ、ネズミの嫁入りの話、知ってるか? あちこち歩き回って、結局答えがあるのは最初の場所ってやつ」
星矢は――星矢も紫龍に賛成みたい。
そう言ってから星矢は、僕が座っていた長椅子の反対側の端に腰をおろしていた氷河にちらりと視線を投げた。
「メーテルリンクの青い鳥もそうだな」
紫龍が、やっぱり氷河を一瞥してから星矢の意見を補足する。
だから僕は、二人にならって、さっきからずっと無言でいる氷河を見詰めたんだ。
氷河がもし、『ここにいろ』と言って僕を引き止めてくれたなら、僕は僕の半分を探しに行くのをやめてもいいと思っていた。

でも、氷河は何も言ってくれなかった。
『行くな』とは言ってくれなかった。
氷河は僕に、ただ、
「気をつけて」
って言っただけ。

氷河が僕を引き止めてくれないことに、僕はちょっとだけがっかりして――でも僕はどうしてがっかりなんかしたんだろう?――なぜだかわからないけど瞳から溢れ出そうになった涙を拭って、氷河に頷いた。
「うん、大丈夫。僕は僕を探しに行くだけだもの」

僕の決意が固いことを察したのか、星矢と紫龍はそれ以上僕を引き止めようとはしなかった。



■注 プラトン『饗宴』での、エロスに関する アリストパネスの説



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