「いた……っ!」
首筋に力の加減なく噛み付かれ、瞬は氷河の下で反射的に身をすくめた。
それは弾みで起きたミスではなく、意図して為された行為だったらしく、瞬が見あげた氷河の瞳には反省や恐縮の色は浮かんでいないかった。
自分の頬に降り掛かる金色の髪を氷河の耳の後ろに持っていきながら、瞬は溜め息混じりに尋ねた。

「氷河、なに怒ってるの」
「おまえは少しは嫉妬の感情というものを覚えるべきだ」
やはり氷河は、まだあんな例え話に機嫌を損ねたままでいるらしい。
瞬は困ったように、剥き出しの肩をすくめた。

「そんなことで……。僕だって嫉妬しないわけじゃないよ。ただ、僕はそれが激しい感情にならないだけ。僕には氷河が生きててくれることがいちばん大事なことだし、だいいち僕が嫉妬したって、それで何かいいことが起きるわけでもないじゃない。嫉妬すれば、一度は僕から離れた氷河の心が僕のところに戻ってくるとでもいうのなら、僕だって思いきり嫉妬の感情をあからさまにするところだけど、そんなことしたら氷河は僕を嫌いになるだけでしょ。無意味だよ」

「無意味なものか。おまえが嘘でも嫉妬する素振りを見せてくれたら、俺は嬉しい」
「それは氷河が今は僕を好きでいてくれるからでしょ。でも、だから、それがわかってるから、僕は会ったこともない美女に嫉妬する必要はない。そんなに僕に嫉妬してほしいのなら、氷河はまず、僕以外の誰かを好きになってくれなくちゃ」

これほど簡単で単純な理屈がなぜわからないのかと言うように――瞬の口調は子供をあやす母親のそれになった。
そんな瞬を、氷河は相変わらず青い瞳で睨みつけている。
「嫉妬してくれないおまえに、俺が嫉妬するのも無意味か」
「変な氷河。氷河はいったい誰に嫉妬してるの」
「…………」

『誰に』と問われても、それは氷河にもわからなかった。
瞬が自分を好きでいてくれることは確かである。
それは氷河も疑ったことはなかった。
でなければ、瞬が──その気になれば、虎どころか神をも倒せる瞬が──無防備に身体を開いて、飢えた虎以上に危険な男の欲望を受け入れてくれるはずがない。
それはわかっているのである。

氷河は、自分の嫉妬が、会ったこともない誰か・見えない何ものかに向けられた 無意味で理不尽な感情だということは認識していた。
瞬の主張が正論なこともわかる。
わかっていたから──瞬の喘ぎが涙混じりの悲鳴になっても、自らの怒りのやり場を見付けられない氷河の愛撫は ますます乱暴になっていくしかなかったのである。






【next】