何とも表現し難い寂寥感に似た気持ちを抑え、一輝はわざと不機嫌な顔を作った。
「おまえは俺にのろけているのか」
瞬が横に首を振る。
それから瞬は、期待に満ちた瞳を、彼のただ一人の兄にまっすぐに向けて言った。
「僕は兄さんに褒めてもらいたいんです。よく、逃げずに男らしくちゃんと答えを出せたなって」

「なに……?」
一輝は、目に入れても痛くないほど可愛い弟の望みに、思わず絶句してしまったのである。
実兄と全くそりの合わない、しかもを、自らの相方に選んだ弟を褒めろとは、よくも真顔で言えたものである。
一輝は息を飲んで大きく目を見開き、それから観念したように全身から力を抜いた。
瞬は――確かに強くなったのだ。

「瞬」
「はい」
「おまえ、本当にたくましくなったな。……いろんな意味で」
「ありがとうございます! 兄さんのご指導ご鞭撻のおかけです」
それは一種の皮肉なのかと、瞬時一輝は疑ったのだが、瞬にはそんな意図は全くなかったらしい。
瞬はにわかに彼の弟としての表情を取り戻し、僅かに甘えるような媚びを瞳にたたえて兄に尋ねてきた。
「それでも行っちゃうんですか。僕は多分、兄さんの望み通り、一人で立っていられる人間になれたと思うのに」

「…………」
確かに、今 一輝の目の前にいるのは、つらいことがあるたびに瞳を涙でいっぱいにして兄に泣きついてきた非力な子供ではないようだった。
が、だからこそ。
「――氷河は毛唐だから、年がら年中 花を見ていることもできるんだろうが、俺は四季の移り変わりに風雅を感じる日本人だからな。花の季節にだけ花を見て、過ぎていった時間を懐かしむ風雅を好むんだ。ずっと桜を見ていると気が狂うというし」

その返答で、今回も兄の意思を変えることができなかった事実を、瞬は知ったらしい。
瞬は少し落胆したように低い声で、一輝に、
「……帰ってきてくれるのなら、我慢します」
とだけ告げた。

弟の望みを叶えてくれない兄を切なげに見詰める瞬は、だが、もう子供の頃のように涙で兄を引きとめようとはしない。
一輝は、この現実を喜ばなければならないことを知っていた。
ひどくつらい事実だった。






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