「人間というのは、おそらく完全なオトナになることは永遠にできない生き物だな」 二人の聖闘士の本気の闘いを安気に眺めながら そんなことを言ってのける紫龍に、さすがの瞬が困惑の眼差しを向ける。 「だからって、わざわざ子供に戻すような真似をしなくても……」 「いいじゃないか。世間はまだまだ春なんだから」 全く理のない理屈である。 だが、事態が既にこうなってしまった今、二人の闘いを止めることは神にもできそうにない。 そして、氷河の小宇宙と一輝の小宇宙は異常なほど激しく強く――その上、ありえないほどの生気に満ちていた――特に一輝の小宇宙は、何かが吹っ切れたように生き生きしていた。 勝手に一人立ちしてしまったことで兄に負い目のようなものを感じていた瞬は、だから、二人を止めることを早々に断念したのである。 「そうだね……。ああしてる方が兄さんも楽しそうだし、二人の仲もよさそうに見えるね」 瞬は、自分や氷河が変わっていくのに 兄だけがいつまでも変わらずにいることに不安を覚えていた自分自身に、今になって気付いた。 そんな不安に捉われながら、それでもいつまでも今まで通り、兄に弟を甘やかしていてほしいと、自分が心底では望んでいたことにも。 だが――。 霞むように白い花の季節のあとには、緑に彩られた季節がやってくる。 その場面場面で生きるための新しい力の源を見付け、人は少しずつ少しずつ“オトナ”になっていくのだろう。 瞬や氷河がそうであるように、瞬の兄も。 氷河の強さを信じているように、自分は兄の強さも信じていればいいのだと、瞬は自らに言いきかせた。 あせることも急ぐこともない。 季節はまだ春なのだから。 Fin.
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