「いったいあなたは何を考えているんです!」
これがヒョウガの言う“すべてを丸く収める”方法なのかと、気色ばんで詰問してくるシュンに、ヒョウガは、
「おまえと俺が幸せになるにはどうしたらいいか、だ」
と、涼しい顔で答えてきた。
途端に、シュンが泣きそうな目になる。

「僕とヒョウガはそれでいいかもしれない。ピネウス殿も満足でしょう。でも、アンドロメダ姫はどうなるんです。姫は兄さんを──」
「俺は、俺と俺が気に入った者のためにしか動かない。あのオヒメサマは、自分が幸福になるために何をした? 仮にも一国の王女なら、国民のために自らを犠牲にすることくらいしてしかるべきなのに、それをしたのはあのオヒメサマではなくおまえだ。自分から動くことをしないような奴に力を貸す気にはなれないな。それは『丸く収める』とは言わない。余計なお世話というんだ。彼女は自分が幸せになることなど望んでいないらしい」

世の中には、心優しく善良であっても 非力で勇気を持てない人間というものがいる。
むしろそういう人間の方が多い。
それを、『何もしないから』という理由だけて切り捨ててしまうことは、シュンにはできなかった。
「姫は──」

ヒョウガは、しかし、シュンの訴えを遮った。
「『僕とヒョウガはそれでいいかもしれない』──」
「え?」
自分が告げた言葉をそのまま反復され、そんなことをするヒョウガの意図を理解できずに、シュンがきょとんとする。
そんなシュンの顔を覗き込み、ヒョウガは楽しそうに尋ねてきた。

「おまえはそれでいいのか? 俺とこの国を出ることになっても。俺は通りすがりのただの美形で、言ってみれば、どこの馬の骨とも知れない男だぞ」
「あ……」
ヒョウガに問われて、シュンは戸惑った。
自分でもどうしてそんなことを言ってしまったのかがわからない。
だが、シュンが、ヒョウガといつも一緒にいられたら楽しいだろう――と思っていることは事実だった。
彼と離れたくないと願っていることも。

「アンドロメダ姫と兄が幸せになってくれたら──」
「俺は3番目か」
「だって、自分だけが幸せになるなんて、そんなの不幸なことだもの」
「俺といるのがおまえの幸せか?」

そういうことを言っているのではないと、シュンは視線でヒョウガに訴えた。
そして、シュンは、ヒョウガに問いに頷くことも否定することもできなかった。
自分が満ち足りているならば他人はどうなってもいいと思えるほど、シュンは自分だけを見ていられる人間ではなかった。
もちろん、幸せにはなりたい。
だが、そのために――自分の幸せに心置きなく身を浸すために、シュンは自分の周囲に幸せでない人間に存在してほしくなかったのだ。

「あのオヒメサマとおまえの兄を幸せにしてしまえば、俺がおまえの一番目に浮上できるわけだ」
シュンのつらい気持ちは、ヒョウガにも理解できないものではなかった。
幸せでない人間というものは、確かに目障りな存在である。
ヒョウガはシュンをなだめるようにその髪を撫で、シュンの肩を抱きしめた。
「安心しろ。一生大切にする」

肩にまわされたヒョウガの腕の感触にうっとりしかけている自分に気付いて、シュンは慌てて彼の腕を自分から引き剥がした。
「信じられませんっ」
ヒョウガの言葉を信じることはできないが、シュンがヒョウガと一緒にいたいと願っていることは事実だった。

ヒョウガの側にいると、人生も世界もすべてが自分のために在るように思えてくる。
生きていることは素晴らしいことで、人は幸福になるためにこの世に生まれてきたのだと信じたくなる。
これが、恋をしている感覚なのかと、シュンは初めて考えた。
兄とアンドロメダ姫も同じ思いを抱き、そして、その思いを理不尽な力によって打ち砕かれたのだ――と。

今の二人の気持ちを想像するだけで、シュンの心臓はきりきりと細い紐で縛りつけられるように痛む。
その苦しみに耐えているだけでもアンドロメダ姫には幸福になる権利があると、シュンは思った――思いたかった。






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