「なんだと、このガキがーっ !! 」 どっちがガキなのかの判断はさておいて、氷河の言動が大人げのなさを極めているのは事実である。 今度は瞬が、氷河を頭から怒鳴りつけることになった。 「氷河っ! 今、この子が何て言ったか聞こえなかったのっ」 「聞こえているから怒っているんじゃな――」 聞こえてはいたが、氷河はその子供の言葉の意味を理解してはいなかった。 瞬に反駁しながら、迷子が口にした言葉の意味を理解し、瞬への反駁を中断する――という行為を、氷河は、ほぼ3秒という短い時間のうちにやり遂げた。 『綺麗 ――と過去形で、その無礼な子供は言ったのである。 彼の母親は亡くなったか、あるいは、彼は過去形にせざるを得ないほど長く 母親に会えない状況にある――ということなのだろう。 氷河としては、この小さな無礼者の無礼を許さざるを得なくなってしまったのである。 もし彼の母親が既に亡くなっているのだとしたら特に、その面影が誰よりも美しく思える感覚には、氷河にも覚えがあった。 やっと大人しくなってくれた氷河を一睨みしてから、瞬が少年に向き直る。 彼の前にしゃがみこみ、目の高さを同じにしてから、瞬は彼に尋ねた。 「ここには誰と来たの? パパと? 迷子になっちゃったのかな?」 「パパもいない。おばあちゃんと、あっちの方にあるレストランでお昼食べてたんだ。でも、ママが見えたから、追いかけてきた」 彼は、あくまでも瞬を自分の母親だと信じて疑っていない口振りである。 それでいながら、自分の母親は瞬よりも綺麗だと言い切る。 瞬と氷河は、どういう状況でならそういうことがあり得るのかと、内心でひどく困惑してしまったのである。 彼はどう見ても、ある程度の論理性を持っていてしかるべき年齢に達していた。 むしろ、外見から想定できる年齢の年頃の子供より聡明そうな目をしている。 非論理的なことを平気で口にする少年には見えなかった。 「幾つだ、おまえ」 「シマヅ タケル、6歳。忠律府小学校の1年生だよ」 氷河が尋ねると、彼は、氷河たちも知っている小学校の名前を口にした。 どうやら彼は氷河たちと同方向から、このテーマパークにまで遠出をしてきたものらしい。 「瞬が10歳の時に産んだ子供か。作ったのは9歳の時かもしれないな」 笑えない冗談を言う氷河の脇腹に左の肘をのめり込ませてから、瞬はタケルと名乗る少年ににっこりと笑いかけた。 「じゃあ、タケルくん。僕と一緒におばあちゃんのとこに戻ろう。きっと心配してるよ」 「うん」 瞬の暴力に、彼は全く気付かなかったらしい。 瞬に言われると、彼は嬉しそうに、そして ためらいなく、瞬の右手を握りしめた。 瞬が、迷子の少年の手を握りかえす。 そうして瞬は、彼の保護者を捜すために、たった今歩いてきた道を戻りかけ――2、3歩進んだところで氷河が後をついてこないことに気付き、後ろを振り返った。 瞬が振り返ったそこには、いかにも不機嫌そうな様子で小さな子供を睨んでいる氷河の顔がある。 「氷河?」 瞬が本来の彼の連れの名を呼ぶと、でかい図体をした金髪の子供は、瞬に向かって憎々しげな声を吐き出した。 「俺がおまえの手を握れるようになるまで、初めて会った時から何年かけたと思ってるんだ。子供の特権を利用する小ずるいガキが俺は大嫌いだ」 自分の都合で、勝手に機嫌を損ねている氷河に、瞬は大きな溜め息をつくことになってしまったのである。 そんな瞬の手を引っ張って、無礼者の迷子が首をかしげる。 「ママ。この その瞬間、氷河は、その子供を決定的に嫌いになった。 |