晴れた休日のテーマパークで長時間順番待ちの列に並び、へたなアトラクションで数分間のスリルを味わうより、
「変な話して、ごめんなさい。僕、やっぱり氷河のマーマに妬いてるのかな」
日本で作られた世界各国のアイスクリームを食することより、
「僕のことだけ見ててほしいとか、悲しかったことや愛されてたことを忘れてほしいとかじゃなくて、僕は――」
好きな相手と身体を交える行為は、はるかにスリルがあり、甘く、その上 有意義である。
「……ごめんなさい。うまく言えない」
その有意義な行為を堪能し尽くして素直になった瞬の肩を、氷河は再び抱き寄せた。

「おまえは妬いているんじゃない。母親を亡くした子供に自分は何もしてやれないと思い込んで、自分の無力に苛立っているんだ」
実際には瞬も、あの子供と大差なく――むしろ、それ以上に悲惨と言っても差し支えない境遇に育った人間である。
だが、瞬は、あの子供と同じつらさを知らない――のだ。
氷河にとっては口惜しいことに、瞬の兄のせいで。
幸福な瞬は、だから、自身の幸福に罪悪感を抱くのである。

「氷河……」
気付きたくなかったことを氷河に言葉にされてしまった瞬が、ほんの数秒間 傷付いたような目になる。
やがて、氷河の胸に額を押しつけて、瞬はその目を閉じた。
苦い事実を指摘してくる氷河を恨むのは筋違いである。
瞬は素直に頷いた。

「幸せになってほしいと思う。すごく、そう思う。なのに僕は何もできない。あの子にも、氷河にも……」
「おまえは入れさ・・・せて・・くれるじゃないか」
素直になった瞬の苦渋を、氷河はわざと野卑な笑い話にした。
少々低次元に過ぎる冗談を、瞬が真面目な顔で受け止める。

「そんなこと……。だって、氷河にそうされると、僕まで気持ちよくなっちゃうし、そんなのは――」
自分がつらくなければ、相手の幸福に寄与できないと思い込んでいるところが、瞬の認識の根本的な誤りである。
自己犠牲こそが最も有効な闘いの手段と信じているらしいアンドロメダ座の聖闘士に、氷河はそれと気付かれぬように嘆息した。

「人間てのは、自分の死の直前までは、『俺を忘れないでくれ』と願い、死後、自分の死を悲しむ者たちの姿を目の当たりにして『俺を忘れてくれ』と願うものだそうだ」
「え?」
「生きている者も死んだ者も皆、自分の大切な人の幸福を願っている。幸福になることは、人間の神聖な義務だぞ。だから、おまえも幸せにならなきゃならない。それは悪いことじゃない。自己犠牲に酔うことの方が傲慢だ」

氷河の主張の内容にではなく語調の強さに、瞬は少し気後れを覚えてしまったらしい。
「氷河、まだ怒ってる……?」
切なげに眉根を寄せてお伺いを立ててくる瞬の髪に指を絡ませて、氷河は口調を和らげた。
「おまえが幸せでいてくれないと、俺も幸せじゃない。それはわかっているか」

氷河は決して立腹しているわけではなく――幸福な人間が自分の幸福に罪悪感を覚える必要はないと意見しているだけだった――彼はそのつもりだった。
幸福な人間を見て不幸になる人間が もし存在するとしたら、それは不幸になる者の方にこそ非がある。
氷河は、瞬に幸せでいてほしかった。
氷河自身が幸せな人間でいるために。

そして、瞬は、わかっていないわけではなく――忘れていただけだった。
忘れていたことを思い出し、思い出すことで、瞬は自分の幸福の価値を再認識した。
それが氷河の幸福につながるのなら、いくらでも幸福になりたいと思う。
本当に、心からそう思った。

「僕――氷河が僕の中に入ってきてくれるたび、幸せになってる気がする」
「それは、同時に俺も幸せになれる非常に効率的な手法だな。二人だと人は幸福になりやすい」
瞬の幸福論を聞かされた氷河は、真顔で瞬の学説に賛同した。

それは確かに幸福の理想のあり方であるに違いない。
運命に、どれほど大きな試練や障害で邪魔をされても、人が、自らと幸福を分かち合える人を探すことが不可能になることは決してないのだから。






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