「うわあぁぁ〜! どーすれバインダーっっ !!!! 」 親父ギャグな悲鳴が、北の国のお城中に響き渡っています。 それはもちろん、可愛い甥に無理難題を押しつけられたカミュ国王の悲鳴でした。 瞬は、決して、カミュ国王を威厳ある王様だと思っていたわけではありません。 けれど、それにしても、カミュ国王の取り乱し方は尋常のものではありません。 カミュ国王がなぜそこまで慌て騒ぐのか、全く訳がわからなかった瞬は、氷河に説明を求めました。 「どうして陛下はパニックを起こしてるの?」 瞬に尋ねられた氷河は、人差し指で鼻の頭をかりかり掻いてから、カミュの狂態の訳を瞬に教えてくれました。 「あー……。カミュは、4歳の時、心ひそかに憧れていた女性にひどい侮辱を受けて心に深い傷を負ってから ずっと女嫌いなんだ」 「え……?」 「なんでも、その女性は──と言っても、まだ10歳かそこいらの少女だったんだが──カミュの眉を指差して、γ眉、松葉眉、凸眉、線対称のカモメ眉 等々、ありとあらゆる罵詈雑言を並べ立てて──いや、ウイットに富んだ暗喩表現を駆使して、げらげら笑いながら叔父をからかい倒したらしい」 「そんな……」 すっかり成人した今ならともかく、4歳の子供にとって、あの二股眉は確かに可愛らしい顔の部品ではなかったでしょう。 それを憧れていた女性にからかわれるなんて、カミュ国王はその幼な心に さぞかし深い傷を負ったに違いありません。 カミュ国王が女性不審になるのも当然のこと――とまではいかなくても、不自然なことではありません。 同じように容姿で苦労し続けてきた瞬は、カミュ国王に心から同情しました。 ――ところが、ここに衝撃の大事実。 「叔父を女嫌いにしたその女性というのが、俺の母だ」 「は?」 氷河のその言葉に、瞬は思わず息を飲んでしまいました。 なにしろ氷河をマザコンにするほどの女性です。 瞬は勝手に、氷河の母君を、美しく たおやかでしとやかな麗人と思い込んでいました。 それが、γ眉の松葉眉のと暴言三昧、あげく僅か4歳のいたいけな少年をげらげらと笑い飛ばしたりしていたなんて、イメージのコペルニクス的転回とは このことです。 しかも、その上、あろうことか、カミュ国王を罵倒し尽くした憧れの女性が実兄の妻――。 なんだかカミュ国王のこれまでの人生は決して平坦なものではなかったようです。 おそらくカミュ国王の半生には、カミュ国王なりの複雑な事情とドラマがあったに違いありません。 カミュ国王の心情に思いを馳せて、瞬は深い溜め息を洩らしました。 「自分が極度の女嫌い――というより女性恐怖症だから、俺がちょっと女に興味なさそうにしていたのを、勝手に深刻な女嫌いと思い込んで、一人でわたわたしてたんだ、カミュは」 気の毒というには滑稽、笑い話にしてしまうには切ない、これこそまさに悲喜劇というものです。 「まあ、式の招待状が届くのは100年後だろうから、それまで俺たちは非公式に楽しんでいよう」 「もし100年経つ前に招待状がきたら……?」 そんなことになったら困るのは自分たち――ということはわかっていたのですが、瞬はカミュ国王のためにはそうなった方がいいような気がしてなりませんでした。 けれど、自分たちのことを考えると、やはりそんな事態は諸手をあげて歓迎できることでもありません。 瞬は、とても複雑な気持ちになってしまいました。 「その時はその時だ。何とかなる。何とかする」 「何とかなるの?」 不安な気持ちを消し去れずに、瞬は氷河に尋ねたのです。 瞬に答える代わりに、氷河は、瞬の腕を引いて自分の膝の上に座らせ、それから瞬の首筋に自分の唇を押しつけてきました。 その感触で昨夜のことを思い出した瞬の中に、今夜も同じ夜を過ごせるに違いないという予感と期待が生まれ、そのせいで瞬の胸はどきどきと波打ち始めました。 「なるだろう、ふたりなら」 不安と期待の大きさと重さが逆転しかけている瞬の唇にキスをして、氷河が瞬の顔を覗き込みます。 氷河の青い瞳に映る自分の姿を見て、瞬は小さく頷きました。 「うん……」 二人の前途にどんな波乱万丈の運命が待っているのかは、今の瞬には想像もできませんでしたが、氷河の瞳の中に自分の姿がある限り、瞬は、どんな困難も障害も乗り越えていけるような気がしたのです。 身分、年齢、容姿、性別を問わず、人種、信条、思想、家庭環境がどうであれ、人は誰でもその人なりに色々なものを抱えて生きているもの。 この世にはおそらく、人の数だけドラマがあるに違いありません。 そして、そのドラマは、楽しいばかりのものであるはずもありません。 『人生は、重き荷を背負いて、遠き道を行くがごとし』と昔の人も言っています。 でも、大丈夫。 ふたりが真実愛し合い、その愛し方を間違えず、賢明な人間であるならば、荷物の重さは必ず半分になりますからね。 Fin.
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