瞬は本当に何も見えていない子供なんだと、氷河は思った。
だが、そんな瞬もいつかは大人になって、世界の本当の姿が見えるようになり、人の悪意の存在を知り、裏切ることを覚える――氷河はそう思っていた。

そんなふうな 今は何も見えてないガキの仲間たちと一緒に、仲間を見下しながら、それでも仲間の振りをして、氷河はそれからも瞬たちと同じ闘いを闘い続けた。
それが生きる知恵というものなんだと思いながら、だ。

馬鹿ばかりの仲間たちといると、時々感覚が麻痺してきて、振りが振りでなくなっているような錯覚を覚えることもあった。
瞬たちと一緒にいるのは楽しいし、瞬は人当たりがよくて可愛くて優しくて、側にいると心地良かったからな。

それでも氷河は、やっぱり仲間たちを見下していたんだ。
馬鹿を騙している後ろめたさもないわけじゃなかったが、どうせいつかは瞬たちも自分を裏切る日がくるんだと思い込んでいたから。
――人は些細なことで豹変する。
馴れ合うのはいいが、本気で信じたら、いつか傷付くのは自分の方だ。

そんな氷河の本心に、瞬は気付いていたのかもしれない。
氷河が仲間を見下していることや、仲間を信じていないことじゃなくて――瞬には、そんなことは想像もできなかったろうからな――氷河が仲間たちと違う場所にいて、どこか冷めてること――を、瞬は感じていたのかもしれない。
「氷河、どうかしたの?」
と、よく訊かれた。
「悩みごとがあるのなら、気休めくらいにはなるかもしれないし、言ってみるだけでも――」
と、瞬は心配そうな顔をして、何度も氷河に言ってくれた。

悩みごとなんてものはないと瞬に答えながら、氷河は必死に自分に言いきかせていたんだ。
瞬は世界が見えていない。
この世界が本当はどれだけ醜いものなのかを知らずにいる。
知らずにいるくせに、瞬は 生きるための知恵というものを持っていて、無意識のうちに“いい人”の振りをしようとしているんだ、と。
でなければ、自分を善良な人間だと思い込んでいるだけなんだと。

自分に都合が悪いことが起きれば、瞬も変わる。
瞬だけが例外のはずはない。
自分の仲間たちだけは違うと思うことは危険だ――。
瞬に心配そうな顔を向けられるたびに、氷河は、そう自分を戒めた。

呆れた笑い話だが、氷河は本気で自分をクールな大人だと思い込んでいたんだ。






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