瞬に対して感じるとらえどころのなさ、そこからくる違和感、しかし、それを不快に思うことのできない自分自身への疑念と戸惑い。 それらのものは、氷河の中でどんどん大きくなっていった。 その原因がわからないまま3ヶ月間、それでも氷河は瞬との生活を続けたのである。 そんなある日、ふいに、瞬が自分たちの両親のことを氷河に語り始めた。 「僕の母は、氷河のお父さんが好きだったんだよ。でも、氷河のお父さんは氷河のお母さんを好きになって、家族も故国も捨ててしまった。母は、氷河のお父さんに当てつけるみたいに父と――氷河のお父さんの兄と結婚して、僕を産んだんだ」 「……瞬?」 「当時はまだ慣習的に長子相続が行われていたから、城戸の家の長男と結婚して男子を産むことで、母は、氷河のお父さん以外の城戸家のものをすべて自分の手に収めた気になったんだろうね。母はもともと いいとこのお嬢さんだったそうだけど、この家に来てからは贅沢三昧で――氷河は知らないかな? 母は着飾った自分と家族の写真を何枚も撮って、氷河のお父さんのところに送りつけていたみたい」 「突然、何を――」 それは本当に突然だった。 それまで瞬は 氷河と同じ長椅子の隣りに座り、いつもと変わらぬ様子でなごやかに、そんな昔のことではなく、彼の通う学校で今日起きた出来事を、金髪の従兄に話していたのである。 氷河は驚き――驚きつつ、思い出した。 死の直前、渡日のために荷物の整理をしていた母が、女優のように着飾った女性の写真を旅行鞄の片隅にしのばせていたことを。 それは氷河の母の持ち物としてはひどく異質なもので、氷河は幼心にも妙に訝しく思ったのである。 それも今は、氷河の母と共に東シベリア海の底に沈んでいるはずだった。 「幸せそうな振りをして、そんな写真を送りつけて――それで、母はどんな満足が得られたんだろうね……」 なぜ瞬が突然そんなことを語りだしたのか、その理由が氷河にはわからなかったのである。 当然氷河は、瞬に対して、意味のある受け答えをすることもできなかった。 「僕の父が死んだ時、母は氷河のお父さんにそのことを連絡しなかったんだよ」 「――なぜ」 氷河がかろうじて 短く発することのできた問いに、 「自分が不幸だと思われるのがいやだったから」 瞬が珍しく明瞭に――はっきり不快とわかる表情で――答える。 「他人に幸せだと思われることに、どんな意味や価値があるのかは知らないけど――人間って、誰だって、いつだって、つらいことと楽しいことの両方を抱えて生きているものでしょう? 幸せなだけの人もいないし、不幸なだけの人もいない。人が幸せそうに見えるのなら、その人は自分の中の不幸な部分を表に出さずに一人で耐えているだけで、幸も不幸も、それは自慢できることでも吹聴してまわることでもない、ただの事実だ」 「世の中には、不幸自慢をする奴も大勢いるらしいぞ」 「どっちにしても自慢になんかならないのにね」 「まったくだ」 氷河は瞬に同意してみせたが、氷河は、自分が瞬と交している会話の意味が、実のところ全く理解できていなかった。 |