我慢に我慢を重ねて、それから5日。
瞬を何より苦しめたものは、自分の身の内にある焼けつくような疼きなどではなく――この状態を苦痛に感じていないらしい氷河の、いつもと変わらない表情と態度だった。

以前はあんなにした・・がって、機会あるごとに瞬を誘い、口説き落とそうとしていた氷河の平然とした態度が、何よりも瞬を苦しめ、もしかしたら彼はそんな自分を嘲笑っているのではないかという不安をすら、瞬の許に運んできたのである。
氷河は普通で、異常なのは――普通でないのは――自分の方だと思わざるを得ないだけになおさら、瞬の苦悩はいや増すことになった。

氷河はおそらく、一度それをすることで満足してしまったのだろう。
彼は彼の欲しいものを手に入れた――目的を達した――のだ。
だが、一度その心地良さを知らされて、そのまま放り出されてしまった瞬の方は、そうはいかなかった。
焦燥と欠乏感が高じて、毎晩氷河に抱きしめられる夢まで見る始末である。
そして、夢の中の氷河は、現実の氷河の100分の1も瞬を気持ちよくしてくれなかった。
夢の中の彼は、ゆるゆると焦らすように瞬を抱きしめるばかりで、身体が引き裂かれるような あの歓喜を決して瞬に与えてはくれなかったのである。

こういう時にはどうすればいいのかと思い悩んだ末、瞬が頼ったのはまたしても、パーティションで区切られたあの狭い空間だった。
『性欲・抑制』。
恥ずかしい検索ワードを震える指でパソコンに打ち込み、その結果としてモニターに表示される情報を、瞬はそれこそ食い入るように読みふけった。
その結果、わかったことは。

8日に1度しかしない日本国民の多くは、8日に1度以上したいと望んではおらず、むしろ、8日に1度行なうことすらつらいと感じているという、瞬にとっては更に衝撃的な事実だった。
この日本には、性欲を抑制できない状況を悩んでいる男子はほとんど存在せず、性欲の減退を悩んでいる男性ばかりがあふれているのである。
精力増強剤を扱うネットショップは数え切れないほどあったが、性欲抑制剤を扱うサイトはどこにもないことが、その事実を裏付けていた。

つまり、瞬が抱えている悩み自体が稀少で異常なのである。
瞬はそう考えざるを得なかった。
広いネット世界に、瞬の悩みを解消してくれるサイトは存在しない――。
その事実に打ちのめされつつ、だが、瞬はそれで諦めてしまうわけにはいかなかったのである。
異常であれ稀少であれ、この焼けつくような苦しみをどうにかしないことには、瞬には生きる道がない。

悩みに悩んだ末に、瞬が辿り着いた解決策は、『逆の発想をしてみるのはどうか』ということだった。
痩せたい人間は、太る人間と逆のことをすればいい。
性衝動を抑えたい人間は、性欲減退に悩む人間の生活を真似ればいいのだ。

そういう視点に立って、悩める日本国の男性諸氏の生活を調べてみると、彼等の性欲を減退させている最大の要因は、“仕事疲れ”のようだった。
日々の仕事での疲労が、彼等から、それを行なう体力を奪い、意欲をもいでしまっているらしい。
そんな彼等と同じ状況になりたいと思ったら、つまり、仕事で疲れればいいのである。

日々の仕事に体力と気力を捧げ費やせば、この苦しみから逃れることができる――。
それが、瞬の辿り着いた“答え”だった。






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