一時のマンション不況はどこへやら、昨今は 特に都市部での耐震マンションの売れ行きが好調で、グラード財団の不動産建設部門では常に人手不足状態だった。
そのマンション――グラードマンション十二番館――の建設現場でも、確かに半月以上前から本部に人員補充を申請し続けていた。
それは事実だった。

「だからって、こんな子供を現場で働かせろって言うんですか!」
いかにも現場叩きあげと言わんばかりに赤銅色の肌をした建設現場の責任者が、彼の前に連れてこられた瞬の姿を見て、周囲に怒声を響かせる。

瞬をその場に連れてきた本社の事業部長は、困ったような顔をして彼の部下に告げた。
「俺ごときには否やは言えないくらい上からの命令でな。すまんが、使い走りか何かにでも使ってやってくれ」
「よろしくお願いします!」
すかさず瞬が彼のボスに挨拶し、深々と頭を下げる。

『そんなことを言われても――』と、現場責任者(仮に土方氏とする)は思ったのである。
彼の目の前に立つ子供は、どう見ても中学生。
タバコを買いに行かせるにも成人の付き添いが必要な使い走りなど、話にもならないではないか。
そもそも労働基準法はクリアできているのかという、彼の心配もまた 至極当然のものだったろう。

「あ、僕、力仕事 慣れてます。えーと、これくらいの鋼材なら片手で――」
ここで追い返されてしまったら、待っているのは夜も昼も分かたずに迫りくる無限の地獄である。
瞬は土方氏(仮名)の不審を見てとると、すぐにその場で 重さ300キロはあろうかという棒状の圧延鋼材を自慢の細腕で持ち上げてみせた。

驚いたのは土方氏(仮名)である。
どう見ても中学生の顔と、小学生のものと言われても疑わないだろう瞬の細腕と、まるで春風のように軽やかに瞬の手の上に載っている建築資材とを見比べた彼は、きっかり2分間熟慮して、瞬を自分の部下として受け入れることを決めたのだった。


「なあ、もしかしておまえ、親の借金でも背負わされてるのか? その歳で、その細腕で、力仕事に慣れてるなんて」
建設現場の作業員としての有能さ(怪力)は認めるにしても、やはり労働基準法が気になった土方氏(仮名)は、本社の人間がいなくなると、すぐに瞬に尋ねてみたのである。

「は? いえ、あの、僕、両親は小さい時に亡くしたので」
「なに……?」
瞬のその一言で、土方氏(仮名)の中にあった労働基準法第56条・年少者の雇用に関する条文が消えていく。
そして、
「僕は、ただ働きたいんです。どうしても働かなきゃならない」
という瞬のきっぱりとした宣言が駄目押し点追加になった。

「そうか……複雑な事情があるんだな……」
土方氏(仮名)は勝手に瞬の身の上に昭和中期風のドラマ設定を当てはめた。
そして、彼は、この薄幸の美少女の幸せのために尽力することを固く決意したのだった。

「じゃあ、嬢ちゃん。この炎天下に申し訳ないが、あそこに積まれてるH鋼を西側の作業場に運んでくれ。あの落書きのあるメットをかぶった若い奴が資材管理のリーダーだから、奴の指示を聞いてな」
「はいっ!」
少女に間違えられるという、瞬にしてみれば日常茶飯の事を、いちいち訂正する気にもならない。
とにかく厳しい肉体労働ができればよかった瞬は、土方氏(仮名)の言葉に大きく頷くと、早速与えられた仕事にとりかかったのだった。






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