十二宮の戦いで青銅聖闘士たちの信奉するアテナの地位が確立したことは、結果として正道が貫かれたことではあったに違いない。 だが、その、道を正すための闘いの中で、氷河は師を失うことになった。 彼は、彼自身の手で宝瓶宮を守護する黄金聖闘士を倒さざるを得なかった。 日本に帰国後、自室に閉じこもりきりになってしまった氷河を、瞬は心から心配した。 瞬にはまるで理解できない“仲間”だったが、彼の悲嘆は察して余りある。 瞬は、だから、自分の怪我が癒えるとすぐに、気落ちしているはずの彼を慰め力付けるために、彼の部屋を訪ねたのである。 氷河は――嘆くどころか、怒りに燃えていた。 しかも、彼の怒りの矛先は、あろうことか瞬が天秤宮で彼の命を救ったことに向けられていたのである。 「俺がしたかったことを、いつもおまえがしてしまう! 俺は、俺がおまえを好きでいることを証明したかったんだ! おまえに証明されたかったわけじゃない!」 瞬は決して、生気を失い涙に暮れている氷河の姿を期待していたわけではない。 少しでも彼が元気を取り戻してくれていればいいと、思っていた。 だが、そんな理不尽な怒りを燃やすような元気は――はっきり言って願い下げだったのである。 「僕は別に……何かを“証明”したくて、あんなことしたわけじゃないよ」 「おまえはそうかもしれないが、結果的に、俺がしたかったことをおまえがしてしまったのは事実だ。俺は――俺こそが、ああいうことをして、俺がおまえを好きでいることを証明したかったのに」 「氷河はどうしてそう、証明することにこだわるの」 瞬はそれが昔から――聖闘士になる以前、誰もがまだ幼い子供でいた頃から――不思議でならなかった。 が、氷河には氷河の理屈と都合というものがあるらしい。 「証明できなきゃ、信じてもらえないじゃないか。聖闘士たちがアテナに従うのだって、アテナが敵に打ち勝つことが正義の力の証明になっているからだろう。それと同じだ」 彼は、一瞬のためらいもなく、そう答えてのけた。 瞬は内心で、長い溜め息をひとつ洩らしたのである。 「そうじゃないでしょ。氷河はアテナが倒れたら、アテナを信じることをやめるの」 「…………」 さすがに 氷河は、瞬のその言葉には反駁してこなかった。 「だが、おまえばかりが証明する」 「僕が何を証明したっていうの」 瞬には、本当にそんな意識は――何かを証明するために何らかの行動を起こしたという意識は――なかったのである。 氷河は、しかし、瞬の行動のすべてを何らかの“証明”と認識しているらしかった。 「おまえは、一輝との約束を守って生きて帰ってきたことで、一輝のために強くなれることを証明し、天秤宮で俺を救ったことで、おまえが俺を――」 「氷河……!」 瞬は慌てて、彼の言を遮ったのである。 「僕は、 氷河に変に誤解されてはたまらない――と、瞬は思った。 氷河が、存外 素直に瞬の『訂正』を受け入れて、 「 と、告げる。 それが本来彼が言おうとしていた言葉と同じものだったのか、あるいは彼は瞬の意図を汲み取って、自分が言おうとしていた言葉を変えたのか、それは瞬にはわからなかったが。 「僕は何かを証明しようと思ってそんなことしたわけじゃないって言ったでしょ。もしそれが結果的に何かの“証明”になっていたとしても――人の心は変わるものだよ。証明なんて、それはその時だけのことで、永遠に有効なものじゃない。それに、ああいう場合は、その……僕が氷河を好きでなくても、道義的に救おうとすることだってあるかもしれないでしょ。僕はもしかしたら氷河を嫌いで、でも、仲間としての義務感からあんなことをしたのかもしれない」 そうではなかった。 もちろん瞬は氷河を嫌っていたわけではないし――理解できずにはいたが――、義務感から彼のために命を懸けたわけでもない。 ただ瞬は、こんな調子の氷河が、いつか彼の気持ちを“証明”するために本当に命を懸けてしまうかもしれないという、その可能性が恐かったのである。 彼が、泣き虫の仲間のために死んでも、それは彼の好意の証明にはならないと、瞬は氷河に言いたかったのだ。 瞬の意図が彼に通じたのかどうか――それは甚だ怪しいものだったが、氷河は瞬のその言葉を聞いても落胆した様子は見せなかった。 だから瞬は思ったのである。 もしかしたら彼は、彼が好きだという相手の気持ちなどどうでもいいと考えているのではないか――と。 彼はただ、自分の気持ちを証明することだけを望んでいるのかもしれない、と。 「いずれにしても、俺はまた証明し損なったんだ……」 なぜ氷河がそんなことにこだわるのか、瞬は不思議でならなかった。 そして、瞬にとって氷河は、今も昔も変わらずに“理解できない仲間”だった。 |