瞬の理想と夢、アテナの聖闘士たちの希望――。
それらのものは世界の現状と対立している。
瞬が絶望してしまわないことが不思議に思えるほど、世界は汚れに満ち、人間は弱さばかりを養っている。
いったいどちらが勝つのだろう。
瞬たちの夢が世界を従えるか、世界が瞬たちを飲み込むのか。

ハーデスは再び薄闇の中に戻り、その最奥から世界のありようを見守ることにした。
瞬が人間としての命を終える頃には、また強大な力が冥界の王の内に戻ってくるに違いない。
その時にもう一度この世界をどうすべきなのかを考えればいいと、再び実体を失ったハーデスは考えた。

瞬がいない世界を見て、自分は何を感じ、どういう行動を起こすのか。
容易に想像はできたが、瞬がこれほど愛している世界、それほど絶望的でもないのかもしれない――と、瞬のために思う。

そして、そう思った時ハーデスは、瞬を清らかなものであり続けさせた力の名に思い至ったのである。
瞬は感覚だけの錬金術師ではなく、おそらく、“生きること”の錬金術師なのだ。
瞬は、生きることの価値を高める力を――強大な力を――有している。
愛でも信頼でも、ましてや意地やプライドでもない、その力の名。瞬の賢者の石。
それは『希望』というものだった。

瞬は、自分が存在する世界、その世界に生きる者たちの上に、いつも『希望』の輝きを見ていたのだ。
冥界の王が見ようともしなかった その小さな輝きを、瞬はいつの時もじっと見詰め続けていたのだろう。
冥界の王が瞬を見詰め続けていた眼差し以上に強い眼差しで。


主が消えかけている楽園に花びらが舞う――乱舞する。
崩れ去ろうとする至福の園で、希望を宿した瞬の瞳は明るく輝いていた。
その眼差しは消えゆく冥界の王には向けられていなかったが、ハーデスは己れの恋を悔やんではいなかった。






Fin.






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