「元に戻ったーっ !? 」 「うん」(←瞬の声) 確かに瞬の唇は瞬の声を発している。 氷河と並んで長椅子に座り、仲間たちに事の結末を報告してくる瞬の瞳は、実に明るく嬉しそうに輝いていた。 「いったい何で戻ったんだよ? もしかして、昨日の敵襲で氷河がアタマ打ったのがよかったのか?」 「いや、それは関係ない。まあ、特に何かをしたわけではないんだがな。いつもの通りに いつものことをしただけで」(←氷河の声) 「へ?」 氷河が氷河の声で、星矢の質問に答える。 故に、星矢が首をかしげることになったのは、氷河の顔と声のギャップのせいではなく、彼の発言の意味するところが理解できなかったからだった。 そんな星矢に向かい、氷河が氷河の声で言葉を継ぐ。 「それで思い出したんだ。俺と瞬の声が入れ替わった夜、俺は瞬に俺を 「おまえ、なに言ってんだ?」 星矢は本当に、氷河が何を言っているのかがわからなかったのである。 『していた』だの『した』だの、その目的格はそもそも何なのだろう。 氷河が省略した目的格の正体を、星矢より先に察知したのは紫龍だった。 心底嫌そうな顔をした紫龍が、星矢のために 氷河の不親切な説明の解説をする。 「騎乗位で 「きじょ……なにぃ〜〜〜っっ!」 目を白黒させた星矢が、その上 口から泡を吹きそうになったとしても、それは致し方ないことだったろう。 そんなふうに起こる奇跡のあることなど、星矢はこれまで考えたこともなかったのだから。 そんな奇跡を起こす力を有していながら、なぜ この二人は強大な敵に対峙した時にその力を発揮しないのかと、星矢は激しい憤りも感じていた。 星矢の動転と憤怒に気付いた様子もなく、そして 詳しい説明を求められたわけでもないのに、瞬が瞬の声でぼやく。 「だって僕、あれ、嫌いなんだもの。どうしても上体がのけぞって後ろに倒れそうになるし、氷河の息が感じられないし……。いつもは、後ろに倒れそうになる前に、意識して前のめりになって氷河の胸に倒れ込んで、何とか氷河の下に回り込んで普通にしてもらうんだけど、あの夜はうっかり身体も声もひっくり返っちゃったんだよね。で、そのまま気を失って――」 そして、目覚めた時には二人の声が入れ替わっていたというのだろうか。 紫龍は思い切り渋い顔になって、瞬の言葉(=瞬の声)を、断固とした態度で遮った。 「貴様等の赤裸々な性生活レポートなど聞きたくない!」 「とんだ奇跡だぜ、あほらしい」 星矢もまた吐き出すようにそう言って、彼の二人の仲間たちに軽蔑の視線を向ける。 途端に、それまで嬉しそうにしていた瞬が、恨みがましげな目で二人の仲間を見詰め、見上げた。 「ひどい……。二人とも、元に戻ってよかったって言ってくれないの……」 瞬に瞬の声で泣き言を言われることの、なんという自然。そして安心感。 星矢と紫龍は、この素晴らしい“自然”の恵みに免じて、もう少しだけ(しぶしぶ)二人の相手をしてやることにしたのである。 「……まあ、元に戻ってよかったな。俺たちも、それは嬉しいぜ」 「ありがとう……!」 瞬は、自分の声で自分の思いを語ることができるのが嬉しくてならないらしい。 問われてもいないのに、彼は早速、二人の恋の物語を星矢たちに語り始めてくれた。 「ほんとにひどい目に合ったけど、でも僕、今度のことは悪いことばっかりじゃなかったと思うんだ。僕は氷河の声は好きだけど、でも、氷河の声だけが好きなわけじゃないってことがわかったし。わかってよかった……」 氷河は瞬の隣りで、瞬の唇から出る瞬の声に いかにもご満悦の 「んじゃ、おまえは氷河の何が好きなんだよ」 胸中では馬鹿馬鹿しいと思っていたのだが、星矢は律儀に瞬に訊いてやったのである。 瞬がそれを問われたがっていることは、星矢にでもわかった。 「全部! 氷河は何もかも全部が、僕の好きな氷河だもの」 間髪を入れずに、瞬の弾んだ声が返ってくる。 そう言ってから、瞬はぽっと頬を染めた。 騎乗位話のすぐあとに、これを素でやってのける瞬に、星矢と紫龍はほとんど感嘆したのである。 今どき、どんな深窓の令嬢にも、こんなカマトトな真似はできないに違いない。 氷河が、瞬の大胆な発言に少し驚いた様子で瞳を見開き、だが、まんざらでもなさそうに瞬の肩に手を伸ばす。 それから、彼は瞬の耳に自分の唇を近づけて、 「俺もだ」 と囁き、囁かれた瞬はますます頬を上気させることになったのだった。 (こーのーばーかーたーれーどーもーは〜〜〜っっ !! ) 人目もはばからずに いちゃこらいちゃこらしてみせる二人に、星矢と紫龍は胸焼けを通り越して、全身が炭化してしまいそうだった。 二人にとって唯一幸いだったのは、瞬ののろけが瞬の声で語られ、氷河のたわ言もまた 氷河の声で 吐き出されたことだったろう。 これがもし逆だったなら、星矢と紫龍は十中八九 憤死していたに違いなかった。 瞬の唇に瞬の声満ちて、氷河は氷河の声を吐き、その友垣は閉口。 神、そらに知ろしめす。すべて世は事もなし。 瞬に瞬の声を与え、氷河に氷河の声を与えた神は、真に偉大な存在である。 Fin.
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■参考 By Robert Browning ―Pippa's Song―
『春の朝』
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