II






現王室は、既に300年以上 この国を支配し続けてきた長命の王朝である。
歴代の王の中には賢君も暗君もいた。贅を好んだ王も、富国に力を注いだ王もいた。
現王室が300年の長きに渡ってこの国の支配権を維持してこれたのは、相対的に英邁暗愚の別はあっても、総じて政治センスに優れ、バランスのとれた王を輩出し続けることができたからだったろう。

――長い歴史を持つ王家の居城は、目も眩むほど壮麗豪華な建造物だった。
シュンが見ることができたのは、その巨大な建造物の比較的後代に増築された部分の、更にごく一部でしかなかったが、そこは鏡をふんだんに利用して奥まった場所にまで陽光が行き渡る設計になっているらしく、宮殿内には光が満ち溢れていた。
夜には間があるため、まだ火がともされていないシャンデリアも眩く輝き、そこここに置かれている調度も、それ自体が光を放っているかのように華やかである。

その絢爛豪華さに気後れしないわけにはいかなかったが、それでも、シュンの中にはあまり不安はなかったのである。
院長の言葉のせいもあったが、それは、もしかしたら国王に自分を推挙してくれたのはヒョウガなのかもしれない――という思いのためでもあった。

おそらくは相当の大貴族の一員であるにもかかわらず、貧しい少年の愚痴めいた訴えを真面目に聞いてくれた金髪のあの青年に もう一度会えるかもしれない。
その期待がシュンの心を弾ませ、この絢爛とした王宮のどこかに彼がいるのだと思えば、シュンの中の不安はそれだけで薄れていったのである。


シュンが通されたのは、広く贅沢な造りにはなっていたが、いかにも実務を執り行なうための部屋といった感のある、庭に面した一室だった。
部屋の奥中央、窓際に置かれた執務机に、シュンがもう一度会いたいと思っていた人の姿があった。

「ヒョウガ……!」
やはりそうだったのだと気を安んじて 彼の側に駆け寄ろうとしたところを、閉じられた扉の両脇にいた衛兵に取り押さえられる。
ヒョウガの横に立っている侍従とおぼしき黒髪の青年が、静かな口調でシュンに告げた。
「お声がかかるまで控えていなさい。君が気安く口にした名は、この国の18代国王のご家族だけに使うことを許された私的な名だ。ここでは陛下とお呼びするように」
「え……」

言われてシュンは大きく息を飲んだ。
今シュンの目の前にいるヒョウガは、以前会った時と同じように濃い色の飾りのない服を身に着けている。
それは、宝石が埋め込まれているわけでも豪華な刺繍が施されているわけでもない。
衛兵のお仕着せや侍従の服の方がはるかに贅沢で豪華なものに見えた。
もっとも、その場でいちばん豪華なものは、やはりヒョウガ自身の金色の髪だったが。

その国王が、侍従に軽く右手を振って彼を押しとどめる。
「シュンはいいんだ。俺がその名で呼ぶように言ったんだから。――シュン、おまえの子供たちは元気でいるか」
「あ……」

一国の王というのはもっときらびやかな服を着て、気位が高く気難しいものに違いないと、シュンは思っていた。
そして、もっと歳を経た人物なのだとも。
2年前に50を過ぎたばかりで崩御した前国王の跡を継いで王位に就いた王が、まだ青年の姿をしているは至極自然なことだというのに、シュンは勝手に一国の王というものは髭を蓄えた壮年の男性だと思い込んでいたのである。

「ヒョウガ……国王様が供のひとりもなく、あんなところに……?」
「あの手紙を書いた者を見たかったんでな」
掛けていた椅子から立ち上がり、先日会った時と変わらぬ気安さで、ヒョウガはシュンに言った。
「指輪は受け取ってもらえなくても、労働の代償としての報酬なら構わないんだろう? おまえに仕事を頼みたい」
「え……」

すっかり混乱してしまっていたシュンは、ヒョウガのその言葉でやっと、我にかえることができたのである。
ヒョウガが国王だっただけで――それは確かに意想外のことだったが――要するに、シュンが王宮に招かれた理由は院長が推察した通りのものだったらしい。
緊張したシュンの心臓はなかなか落ち着いてくれなかったが、早鐘を打つ心臓を必死に押さえながら、シュンは震える声でヒョウガの要請に従う意思を彼に伝えたのである。

その返事を聞くや、ヒョウガは、シュンが見慣れた母のない子供たちがささやかな喜びに出合った時と同じように、ぱっと瞳を輝かせた。






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